ボッシュ・シリーズと音楽 その18

前回は、作者コナリーが「ブラックボックス (The Black Box)」の中で、ボッシュと娘マディ(マデリン)の家庭内エピソードを描きながら、この父娘の特別な絆を浮き上がらせるモチーフとして、アート・ペッパーの音楽を巧みに使っていることをとりあげた。ペッパーこそがそのように本作における音楽の主題ではあるが、コナリーは今回それに加えて、比較的地味と言えるような中堅クラスのジャズ・ミュージシャンを(この表現が当たっているかどうか自信はないが)、バーゲンセールのごとく次々登場させては”PR”しているようにも見えるので、ぜひ触れておきたいと思う。

ブラックボックス(下) (講談社文庫)ブラックボックス(上) (講談社文庫)”PR”に見えると言った理由は、かれらの名前や音楽が、本作のストーリーやプロットとほとんど無関係なかたちで露出しているような感じ、また、作品への味付けとしては念の入れ過ぎのような感じから来ている。作者コナリーがかれらのジャズを心から愛しており、ぜひとも読者に紹介したいと思ったからなのか、または自分自身のジャズに関する蘊蓄を述べたかったのか、あるいは、やや過剰と承知しつつファン・サービスのつもりで書き加えたものなのか、いずれにせよ、コナリーの意図として「お遊び」の域を超えるものではないと思われる。

具体的には、警察内部でジャズ好きとして有名なボッシュが、同じくジャズ好きの同僚の一人とゲーム形式でそれぞれの新たな仕込み(蘊蓄)を自慢し合うという、文字通り「お遊び」の場面として描かれている。二人の内のどちらかが、「相手はきっとまだ知らない」と推理するジャズ・ミュージシャンの名前を挙げ、相手がもし本当に知らなければ「ほーら、俺の勝ちだ」という”オタク同士のゲーム”が進行する。さらに読者によっては、そうした場面に立ち会って自分もゲームに参加している気分になり、読者自身も「相当のジャズ・オタクだな」と感じられる仕掛けになっている。これは、したがって、コナリーの読者に対する「お遊び」でもあるのだ。

「ダニー・グリセット」
ボッシュはその名前に聞き覚えはあったものの、はっきりさせるのに努力が要った。これはボッシュとホロドナクがよくやっているゲームだった。
「ピアノだ」ようやくボッシュは言った。「卜ム・ハレルのグループで演奏しているんじゃなかったっけ?地元のプレイヤーのひとりだ」
ボッシュは自分を誇らしく思った。
「正しくもあり、間違ってもいる。出身はここだが、ずっとニューヨークにいるんだ。しばらく、そっちを拠点にしている。リリーを訪ねてニューヨークにいったとき、〈ジャズ・スタンダード〉で、ハレルといっしょに弾いているのを見た」

Formダニー・グリセット(Danny Grissett)は1975年生まれで、ボッシュより25歳も若いミュージシャンだが、ボッシュの同僚が指摘した通り、2005年からトランぺッターの卜ム・ハレル(こちらはボッシュより4歳年上)が率いる”Tom Harrell Quintet”の正式メンバーとなっている。ボッシュは近頃、「自分のジャズの視野を広げようとし、若い年代のプレイヤーにいくことで娘に興味を持ってもらおうと」努力しており、その甲斐あって同僚の投げた第一球をどうにか打ち返すことができた。しかし、このゲームは、相手の方がつねに一枚も二枚も上手のようである。―― Danny Grissett, ” Let’s Face the Music and Dance” in “Form” (CD)

「グレース・ケリー」ボッシュは言った。「モナコ公妃のほうじゃない」
ホロドナクはボッシュの投げかけてきた挑戦の簡単さに笑い声を上げた。
「公妃じゃない、若いほうのグレースだ。若いアルトサックスのセンセーション。レコードではフィル・ウッズやリー・コニッツとチームを組んでいる。コニッツと組んだやつのほうがいいと思うな。次は?」
ボッシュにはもう一度挑むのは、絶望的に思えた。

Gracefullee韓国系で早熟のスター、グレース・ケリー(Grace Kelly)は1992年生まれである。ボッシュから見れば娘マディよりだいぶ年上ではあるものの同じような世代であり、マディにジャズへの関心を向けさせようと思えば、おすすめミュージシャンの一人と言えないこともない。ボッシュの同僚が言及した”GRACEfulLEE”(2008年)はケリー16歳のアルバムで、高い評価と話題性によりご存知の方も多いだろう。 さて、同僚とのゲームはまだ続いており、ボッシュは一方的な敗色を認めつつも、最後の挑戦を試みる。 ―― Grace Kelly with Lee Konitz, “GRACEfulLEE”(CD)

「わかった、もう一度だな。どう、だろう・・・ゲイリー・スマルヤンは?」
「『隠された財宝』」ホロドナクはすぐさま解答し、ボッシュが考えていたまさにそのアルバムを挙げた。「スマルヤンがバリトンサックスを演奏し、ベースと、ドラムがリズムを刻むだけだ。いいアルバムだ、ハリー、だけど、おれの勝ちだな」
「ああ、いつかは負かしてやる」

Hidden Treasuresゲイリー・スマルヤン(Gary Smulyan)は1956年生まれで、コナリーと同年齢である。バリトンサックス奏者として長い間、名声を得つづけており、2006年からは、マサチューセッツ州サウスハドレーのバークシャーヒルズ音楽アカデミー(the Berkshire Hills Music Academy)で芸術監督を務めている。 ―― Gary Smulyan, “Hidden Treasures”(CD)

Rub & Spare Changeボッシュがその後、同僚とのまじめな仕事およびゲームの両方ともを無事に終えたつもりでいると、その別れ際に、同僚から挨拶代わりの難問が投げかけられる。「マイクル・フォーマンエック」というミュージシャンの名前を挙げられても、ボッシュには答える元気がもはやなく「両手を上げて降参の仕草を」示しながらその場を立ち去るほかなかったのだが、そのボッシュの背中に向けて、ジャズ・オタク度でボッシュに優る同僚からダメ押しの助言が贈られる。 ―― Michael Formanek, ” The Rub and Spare Change”(CD)

Photo by Hreinn Gudlaugsson – Michael Formanek (2014) /CC BY-SA 4.0

このゲームの最後の方で紹介されているゲイリー・スマルヤンと、マイクル・フォーマンエック(Michael Formanek)は、ともに1950年代後半の生まれである。この二人はボッシュより年下だが、作者コナリーにとっては同世代であり、似たような渋い雰囲気のかれらにコナリーがどことなく親近感を抱いていても不思議はない。なお、余談になるが、フォーマンエックはベーシストとして、アートペッパーの「サンフランシスコ・サンバ」(1977年収録)というアルバムにも参加している。 ―― Art Pepper, Michael Formanek, “San Francisco Samba: Live at Keystone Korner”(CD)

「・・・あんたは自分の守備範囲を広げるべきだぞ、ハリー。聴く価値がある人間はみんな死んでる訳じゃない・・・」

San Francisco Samba: Live at Keystone Korner初めから勝負の行方はわかっていた気もするが、ボッシュの負けが潔く確定し、読者としてはかえって安堵したかも知れない。ハリー・ボッシュが ”ジャズ・オタク”としてどれほど進化してもあまり意味はないであろうし、ボッシュには何よりペッパーやフランク・モーガンという拠り所を頑なに守るボッシュでいて欲しい、と思うからである。ただしその一方、このような「お遊び」的要素はコナリー作品の一つの特徴とも言えるので、シリーズの世界観を損なうことのない範囲で、適度に読者を楽しませる分には許されていいであろう、とも筆者は考えている。

ボッシュ・シリーズと音楽 その19 につづく。

ボッシュ・シリーズと音楽 その17

ブラックボックス(下) (講談社文庫)ブラックボックス(上) (講談社文庫)前作「転落の街 (The Drop)」から再び2年が経過した。「ブラックボックス (The Black Box)」でハリー・ボッシュは62歳となり、その誕生日を、ひとり娘マディがこころづくしの料理とプレゼント、演出で祝うという感動的な場面が淡々と描かれている。作者コナリーとすれば、プロットに関係してもしなくても、そんなことはどうでも良いという方針で挿入しているエピソードであり、筆者もまた、子を持つ親の心境を知るもの同士として作者に同調したい気分である。

ボッシュが帰宅すると「娘は父親のお気に入りのCD5枚をすでにステレオのトレイに載せていた。フランク・モーガンとジョージ・ケーブルズ、アート・ペッパー、ロン・カーター、セロニアス・モンク。・・・」 作中ではこららの内、ケーブルズの「ヘレンの歌 (Helen’s Song)」が紹介されるのみだが、マディの用意したCDのラインアップは一例として、おそらく次のようなものではなかったか。

– Frank Morgan, “Mood Indigo”(CD)
– George Cables, “Helen’s Song” in “Cables Fables”(CD)
– Art Pepper, “Art Pepper Meets The Rhythm Section”(CD)
– Ron Carter, “Dear Miles”(CD)
– Thelonious Monk “Thelonious Monk Quartet with John Coltrane at Carnegie Hall”(CD)

Mood IndigoCables FablesMeets the Rhythm SectionDear MilesThelonious Monk Quartet with John Coltrane at Carnegie Hall

 

 

マディから贈られた1つめのプレゼント(ネクタイ)を見て感嘆の声を上げ、娘をほほ笑ませたボッシュが2つめの包装をほどくと「6枚入りケースに入ったCDが現れた。最近リリースされたアート・ペッパーのライブ録音コレクションだった ・・・」

「アー卜の未亡人がリリースさせたの」
「こんなものが出ていたとは、初耳だ」
「彼女は自分のレーベルを持っているんだよ ―― 〈未亡人の趣味 (Widow’s Taste)〉だって」
ボッシュは複数のCDが入っているケースに目を通した。たくさんの曲が入っていた。
「聴いていいかな?」

さて、この6枚組セットについては実際の商品がなかなか見つからないため、 “Widow’s Taste”レーベルの”Unreleased Art”(未発表アート)シリーズの中から6枚だけチョイスしたものを想像するしかないが、筆者はVol.1~Vol. 3とVol. 4 (もともと3枚組)を合わせたもの、あるいは、Vol.1~Vol. 3とVol.5~Vol. 7を合わせたもの(より嬉しい組み合わせはこちらか?)だろうと勝手に推理している。なお、マディが最初にセットした5枚の内1枚のペッパーは、ボッシュが前から所有し愛聴していたもので、”Unreleased Art”シリーズではあり得ないと思う。

– Vol. 1 – Complete Abashiri Concert – Nov 22, 1981
– Vol. 2 – Last Concert, May 30 ’82 – Kool Jazz Fest
– Vol. 3 – the Croydon Concert – May 14, 1981

Vol. 1-Art Pepper: Unreleased ArtVol. 2-Unreleased Art: the Last ConcertVol. 3-Unreleased Art

 

 

 

 

– Vol. 4 – Unreleased Art, Vol. 4 (The Art History; 3CDs Box set)

Art History Project

– Vol. 5 – Suttgart – May 25, 1981
– Vol. 6 – Complete Live at Ronnie Scott, London 1980
– Vol. 7 – Sankei Hall – Osaka, Japan – Nov 18, 1980

Unreleased Art Vol. 5: StuttgartVol. 6-Blues for the Fisherman: Unreleased Art PepVol. 7-Unreleased Art Pepper

 

 

 

 

Vol. 8 – Live at the Winery, September 6, 1976
Vol. 9 – Live at Donte’s, April 26, 1974

Art Pepper: Unreleased Art VIIIUnreleased Art Vol.9: Art Pepper & Warne Marsh At Donte's: April 26, 1974

 

 

 

 

Photo by Jim Linwood – Fairfield Halls in Croydon, London (2011) /CC BY 2.0

その数日後、ボッシュは贈られたCDの3枚目(上記の”Vol.3″) ― 1981年にロンドンのクロイドンにあるフェアフィールド・ホール(Fairfield Halls)で行なわれたライブ演奏から、「パトリシア (Patricia)」を聴いている。ボッシュは、その「この世のものならぬ」サクソフォンの音色にしばし心を打たれ、曲の由来について娘マディに話しかける・・・

「これは娘のことなんだ」ボッシュは言った。
マデリンが本越しに父親を見た。
「どういう意味?」
「この曲さ。『パトリシア』。アートは、娘のためにこの曲を書いたんだ。娘の人生の長い期間、アートは彼女から離れていたんだが、娘を愛しており、娘と会えないのを悲しんでいた。それがこの曲から聞こえるとは思わないか?」
マデリンは少し考えてから、うなずいた。
「そうだね。サクソフォンが泣いているみたいに聞こえる」
ボッシュはうなずき返した。

Straight Life: The Story Of Art Pepperボッシュのジャズに対する愛情はご承知の通りだが、とくにペッパーに対しては、音楽以外の要素を含めて尋常ならざる思いを抱き続けている。その一端がここにもよく描かれており、かれの心中において自分たちとペッパー父娘が二重写しとなっている。ボッシュは、かつてまだ娘マディの存在を知らない頃にも、ペッパーへの思いをある友人に語っているのだが、その中にはたとえば、母親がペッパーの出演するジャズクラブに出入りし、ペッパーのレコードを何枚も所有していたこと、また、少年のボッシュ自身、ペッパーが自分の父親かも知れないと空想していたことや、後年ペッパーの自伝(ストレート・ライフ; Straight Life)を読んだことなどが含まれていた(「ボッシュ・シリーズと音楽 その7」参照)。 本作「ブラックボックス」では、その自伝についても、かれが「最初から最後まで読んだ最後の本」として再び紹介されている。

さて、ここまですでに、アート・ペッパーを中心とする盛りだくさんの音楽で溢れ返ってしまったため、積み残しについては、次回にご紹介ということでお許しいただきたい。

ボッシュ・シリーズと音楽 その18 につづく。

ボッシュ・シリーズと音楽 その1

ハリー・ボッシュの趣味はモダン・ジャズである。とくにサクソフォンがいちばんのお気に入りということが、作中で毎回のように描かれるのでよくわかる。マイクル・コナリーによれば、ボッシュが初めて意識してジャズを聞いたのは、1965年、15歳のとき。カーラジオから流れるチャーリー・パーカーを耳にして以来、ジャズのとりこになったとしている。

主人公ボッシュはジャズを偏愛しているが、作者コナリーはロック、ポップ、ソウル、クラシックなど、かなり幅広いジャンルを聞いているようだ。作中、極めつけのジャズが流れているのはボッシュのいる周辺だけで、そのほかでは意外と多彩な音楽が使われている。

これから、この「ボッシュ・シリーズと音楽」という記事で、順を追って紹介していきたいと思うが、作中に現れるCDのバージョン等については詳細がほぼ不明であるため、当たらずしも遠からず、かつ日本で入手できそうなもの、という考え方で紹介させていただくので、ご容赦たまわりたい。

Coltrane (Reis) (Rstr) (Dig)第1作「ナイトホーク(The Black Echo)」では早速、ジョン・コルトレーンのサックスを聴く場面がさらりと描かれる。仕事を終えた帰宅の途上、「ボッシュはカーラジオをジャズ専門局にあわせた。コルトレーンが《ソウル・アイズ》を演奏する」 ―― John Coltrane, “Soul Eyes” in “Coltrane”(CD)

別の一場面。夜9時ごろに、自宅に着いてひといき入れるボッシュ。「ドジャースの試合を聞こうとしてラジオをつけたが、人の声にうんざりして消してしまう。そのかわりに、ソニー・ロリンズとフランク・モーガン、ブランフォード・マルサリスのCDをステレオにかけ、サクソフォンの調べに耳をかたむけた」 ―― Sonny Rollins, Frank Morgan, Branford Marsalis

Falling in Love With Jazzエレノア・ウィッシュのタウンハウス。「ボッシュは本棚の隣の棚にはめこまれているステレオのところへ歩いていき、あたらしいディスクを手にした。ソニー・ロリンズの《フォーリン・ラヴ・ウィズ・ジャズ》だ。内心ボッシュは笑みをうかべた。おなじものが家にある」 ―― Sonny Rollins, “Falling In Love With Jazz”(CD)

Adam's Appleボッシュの監視されている自宅。ボッシュは、「ウェイン・ショーターのCDをかけた」・・・その曲がかかっている間に(6分34秒)、自宅のカーポートにしかけられた盗聴器をはずし終えて家のなかにもどる・・・そして、「ショーターが《502ブルース》を吹き終えた」 ―― Wayne Shorter, “502 Blues” in “Adam’s Apple”(CD)

Fire: the Jimi Hendrix Collectionベトナムについて、いつも悩まされている悪夢を別として、ボッシュにいちばん鮮明に残っている記憶は何なのか。なんとジミヘンのロックだ。トンネル・ネズミの戦友が、「いつも持ちはこんでいるポータブル・テーププレーヤーにカセットをほうりこみ、ジミー・ヘンドリクスの《紫のけむり》をトンネルのなかに轟きわたらせた。(中略)それ以来、ロックがきらいになった」 ―― Jimi Hendrix, “Purple Haze” in “Fire – the Jimi Hendrix Collection”

Complete Africa/Brass Sessions第2作「ブラック・アイス(The Black Ice)」の導入部も、やはりコルトレーンで始まる。クリスマスの夜、独りきりの自宅。ボッシュは、「コルトレーンがアレンジした《ソング・オブ・ジ・アンダーグラウンド・レイルロード》をCDプレーヤーにかける。食べ、飲みながら、カードを開封し・・・」とある。 ―― John Coltrane, “Song of the Underground Railroad” in ” Complete Africa/Brass Sessions”(CD)

(中略)続けて、「コルトレーンは、ボッシュがほんの子供のころにニューヨークのヴィレッジ・ヴァンガードで演奏した《スピリチュアル》のライブ録音に入っていた。だが、そのとき・・・」とある。ただ、該当しそうな以下の3種類のCDのなかに、上記の“Song of …”は見つからなかった。  ―― John Coltrane, “Spiritual” in these CDs; (1) “The Complete 1961 Village Vanguard Recordings”(Box set; 4 CDs), (2) “Live At The Village Vanguard The Master Takes”(CD),  (3) “Live at the Village Vanguard”(CD)

The Complete 1961 Village Vanguard RecordingsLive At The Village Vanguard: The Master TakesLive at the Village Vanguard (Reis) (Rstr)

 

 

Mood Indigoさて、恋人テレサ・コラソンに別れを告げたあとの、ボッシュの自宅。「フランク・モーガンのアルバム《ムード・インディゴ》をCDプレーヤーにかけ、リビングで立ち尽くしたまま、最初のソロパートのフレーズに耳を傾けた。《ララバイ》という曲だ。サクソフォンの調べより真実のものはなにもないのだけはわかっている、とボッシュは思った」 ―― Frank Morgan, “Lullaby” in “Mood Indigo”(CD)

When a Man Loves a Womanこの項の最後になるが、ボッシュが同僚刑事のリカードとともに、麻薬密売少年を確保しようとする街中。リカードがボロをまとった酔っ払いに変装し、歌いながら路地を歩いている。ボッシュは、「その歌が酔っ払いのかすれ声で歌われているパーシー・スレッジの《男が女を愛する時》だと思った」 ―― Percy Sledge, “When a Man Loves a Woman” in ” When a Man Loves a Woman”(CD)

ボッシュ・シリーズと音楽 その2 につづく。










ボッシュ・シリーズと音楽 その2

本シリーズには、ボッシュの大好きなモダンジャズはもちろん、その他にもたくさんの懐かしいスタンダードや名曲、こころに沁みる歌などが次々に登場する。それでは、シリーズ第3作「ブラック・ハート(The Concrete Blonde)」の中ごろのエピソードから紹介したい。

MINNIE THE MOOCHER (IMPORT)ボッシュが悪党の住む高級アパートメントのロビーに入ると、「・・・中央に自動演奏しているグランドピアノが置かれている。ボッシュは、その曲がキャブ・キャロウェイのスタンダード・ナンバー、《エヴリバディ・ザット・カムズ・トゥ・マイ・プレイス・ハストゥ・イート》であるのに気づいた」 やれやれ、長いカタカナ名は読みづらい。 ―― Cab Calloway, “Everybody That Comes To My Place Has To Eat” (Everybody Eats When They Come to My House) in “Minnie the Moocher”(CD)

Nothing But The Best (Remastered)ボッシュは、挙動不審の刑事をひそかにつけ、とあるバーに足を踏み入れる。稼ぎのいい弁護士などがたむろする場所だ。すると・・・「ボッシュからは見えない位置にあるジュークボックスがシナトラの《サマー・ウィンド》を奏でており・・・」と、場所柄にぴったりと思えるようなBGMが流れている。 ―― Frank Sinatra, “Summer Wind” in ” Nothing But the Best”(CD)

続いて、ボッシュは不実な同僚刑事を詰問するため行きつけのレストランバー「レッド・ウィンド」にいく。このロケーションはたびたび作中で使われる。そこで・・・「ボッシュはいまいわれたことについて2、3分じっと考えた。バンドがビリー・ストレイホーン《おいしい生活》という曲で演奏をはじめたのを眺める。」

ボッシュは詰問を続けながら、「カルテットに視線をもどした。まだストレイホーンのナンバーをつづけており、いまは《ブラッド・カウント》を演奏していた。サックス奏者の演奏は職人芸だった。勘どころをつかんでおり、フレージングは明瞭だった」と、評価が述べられる。

Lush Life: Music of Billy Strayhorn 同僚刑事が立ち去ったあともボッシュはしばらく同じ場所にとどまり、もう一杯注文する・・・「カルテットは《レイン・チェック》を演奏しており、若干即興のリフを加えているのが、ボッシュの気にいった・・・」ここでは、ボッシュが聴いたパフォーマンスにけして劣らぬ名盤を紹介させてほしい。 ―― Billy Strayhorn, “Lush Life”,  “Blood Count” and “Rain Check” in “Lush Life Music of Billy Strayhorn”(CD performed by Joe Henderson)

ボッシュ・シリーズと音楽 その3 につづく。

ボッシュ・シリーズと音楽 その3

シリーズ始まりの4連作・完結編「ラスト・コヨーテ(The Last Coyote)」でも、じつに多彩な音楽が、背景やそれ自体をモチーフとして使われている。

クリフォード・ブラウン・ウィズ・ストリングス まずはボッシュの日常風景から・・・「ボッシュはダイニングのテーブルからふるい郵便物と日曜大工関係の書籍をとっぱらい、バインダーと手帳をのせた。ステレオのところにいき、コンパクト・ディスクをかける――《クリフォード・ブラウン・ウィズ・ストリングス》」 ―― Clifford Brown, “Willow Weep For Me” in “Clifford Brown With Strings”(CD) (中略)「彼のトランペットは、肖像画家の筆のように柔らかだった」

ザ・ポピュラー・デューク・エリントン33年前の母親の事件を調べるボッシュはその日、暗くなってからブロードウェイを南下してある店に入る・・・「奥のちいさなステージではクインテットが演奏していた。リードはテナーサックスだ。バンドは、《ドゥ・ナッシン・ティル・ユー・ヒア・フロム・ミー》の演奏を終わろうとしており・・・」 ―― Duke Ellington, “Do Nothing Till You Hear From Me” in ” The Popular Duke Ellington”(CD)

What a Wonderful Worldそのあと、「・・・バンドは、《この素晴らしき世界》に移っていた。(中略)ボッシュは歌詞を覚えていた・・・(ここに6行の歌詞が挿入される)・・・その歌はボッシュを孤独にさせ、悲しくさせたが、それはそれでかまわなかった」 ―― Louis Armstrong, “What a Wonderful World” in “What a Wonderful World”(CD)

You Gotta Pay the Band次いで、いつものように自宅に向かうボッシュ。「ラジオをつけ、DJがアビー・リンカーンの歌を紹介するのを聞いた。その歌を耳にするのははじめてだったが、すぐに歌詞と女性歌手の低いしわがれた声が気にいった」 ―― Abbey Lincoln, “Bird alone” in “You Gotta Pay the Band”(CD)

R.コルサコフ:交響組曲「シェエラザード」 「ボッシュは、自分が幼く、まだ母親といっしょにいたころのことを思い返した。(中略)母は、いつかハリウッド・ボウルに《シェヘラザード》を聴きにあんたを連れてってあげる、といつもボッシュに話していた。それは、母のお気にいりの曲だった」 ―― Nikolai Rimsky-Korsakov, “Scheherazade” in “Scheherazade”(CD) performed by Charles Dutoit / Montreal Symphony Orchestra

ボッシュは、母親とはついに行けなかった《シェヘラザード》の演奏をある時、恋人と聴きにいく・・・「シルヴィアは、ボッシュの目に涙がこみあげているのを見て、音楽の純粋な美しさゆえだと思った。ボッシュは、別の理由があることはあえて彼女には告げなかった」

Midnight Love 調査のためひそかにマイアミに飛んだボッシュと、ある女性との会話の中でマーヴィン・ゲイの歌が話題となる。そのできごとは後日、LAでの別人との会話にも使われる・・・「マーヴィン・ゲイが歌っていたあの歌を聴いたことがあるか?彼が殺されるまえに作ったあの歌を?確か・・・」 ―― Marvin Gaye, “Sexual Healing” in “Midnight Love”(CD)

Blue Valentineロサンジェルス地震で自宅が半壊してしまったボッシュは一時、ホテル暮らしを余儀なくされ、荷物を部屋に運びこむ。ステレオをあるべき場所に設置したあと、「CDの箱をかきまわして、《ブルー・ヴァレンタイン》というタイトルのトム・ウェイツのCDを取り出した。もう何年もそれを聴いたことがなかったので・・・」 ―― Tom Waits, “Blue Valentine”(CD)

 

ボッシュ・シリーズと音楽 その4 につづく。