ボッシュ・シリーズと音楽 その1

ハリー・ボッシュの趣味はモダン・ジャズである。とくにサクソフォンがいちばんのお気に入りということが、作中で毎回のように描かれるのでよくわかる。マイクル・コナリーによれば、ボッシュが初めて意識してジャズを聞いたのは、1965年、15歳のとき。カーラジオから流れるチャーリー・パーカーを耳にして以来、ジャズのとりこになったとしている。

主人公ボッシュはジャズを偏愛しているが、作者コナリーはロック、ポップ、ソウル、クラシックなど、かなり幅広いジャンルを聞いているようだ。作中、極めつけのジャズが流れているのはボッシュのいる周辺だけで、そのほかでは意外と多彩な音楽が使われている。

これから、この「ボッシュ・シリーズと音楽」という記事で、順を追って紹介していきたいと思うが、作中に現れるCDのバージョン等については詳細がほぼ不明であるため、当たらずしも遠からず、かつ日本で入手できそうなもの、という考え方で紹介させていただくので、ご容赦たまわりたい。

Coltrane (Reis) (Rstr) (Dig)第1作「ナイトホーク(The Black Echo)」では早速、ジョン・コルトレーンのサックスを聴く場面がさらりと描かれる。仕事を終えた帰宅の途上、「ボッシュはカーラジオをジャズ専門局にあわせた。コルトレーンが《ソウル・アイズ》を演奏する」 ―― John Coltrane, “Soul Eyes” in “Coltrane”(CD)

別の一場面。夜9時ごろに、自宅に着いてひといき入れるボッシュ。「ドジャースの試合を聞こうとしてラジオをつけたが、人の声にうんざりして消してしまう。そのかわりに、ソニー・ロリンズとフランク・モーガン、ブランフォード・マルサリスのCDをステレオにかけ、サクソフォンの調べに耳をかたむけた」 ―― Sonny Rollins, Frank Morgan, Branford Marsalis

ジャズに恋してエレノア・ウィッシュのタウンハウス。「ボッシュは本棚の隣の棚にはめこまれているステレオのところへ歩いていき、あたらしいディスクを手にした。ソニー・ロリンズの《フォーリン・ラヴ・ウィズ・ジャズ》だ。内心ボッシュは笑みをうかべた。おなじものが家にある」 ―― Sonny Rollins, “Falling In Love With Jazz”(CD)

Adam's Appleボッシュの監視されている自宅。ボッシュは、「ウェイン・ショーターのCDをかけた」・・・その曲がかかっている間に(6分34秒)、自宅のカーポートにしかけられた盗聴器をはずし終えて家のなかにもどる・・・そして、「ショーターが《502ブルース》を吹き終えた」 ―― Wayne Shorter, “502 Blues” in “Adam’s Apple”(CD)

Fire: the Jimi Hendrix Collectionベトナムについて、いつも悩まされている悪夢を別として、ボッシュにいちばん鮮明に残っている記憶は何なのか。なんとジミヘンのロックだ。トンネル・ネズミの戦友が、「いつも持ちはこんでいるポータブル・テーププレーヤーにカセットをほうりこみ、ジミー・ヘンドリクスの《紫のけむり》をトンネルのなかに轟きわたらせた。(中略)それ以来、ロックがきらいになった」 ―― Jimi Hendrix, “Purple Haze” in “Fire – the Jimi Hendrix Collection”

Complete Africa/Brass Sessions第2作「ブラック・アイス(The Black Ice)」の導入部も、やはりコルトレーンで始まる。クリスマスの夜、独りきりの自宅。ボッシュは、「コルトレーンがアレンジした《ソング・オブ・ジ・アンダーグラウンド・レイルロード》をCDプレーヤーにかける。食べ、飲みながら、カードを開封し・・・」とある。 ―― John Coltrane, “Song of the Underground Railroad” in ” Complete Africa/Brass Sessions”(CD)

(中略)続けて、「コルトレーンは、ボッシュがほんの子供のころにニューヨークのヴィレッジ・ヴァンガードで演奏した《スピリチュアル》のライブ録音に入っていた。だが、そのとき・・・」とある。ただ、該当しそうな以下の3種類のCDのなかに、上記の“Song of …”は見つからなかった。  ―― John Coltrane, “Spiritual” in these CDs; (1) “The Complete 1961 Village Vanguard Recordings”(Box set; 4 CDs), (2) “Live At The Village Vanguard The Master Takes”(CD),  (3) “Live at the Village Vanguard”(CD)

The Complete 1961 Village Vanguard RecordingsLive At The Village Vanguard: The Master TakesLive at the Village Vanguard (Reis) (Rstr)

 

 

 

 

Mood Indigoさて、恋人テレサ・コラソンに別れを告げたあとの、ボッシュの自宅。「フランク・モーガンのアルバム《ムード・インディゴ》をCDプレーヤーにかけ、リビングで立ち尽くしたまま、最初のソロパートのフレーズに耳を傾けた。《ララバイ》という曲だ。サクソフォンの調べより真実のものはなにもないのだけはわかっている、とボッシュは思った」 ―― Frank Morgan, “Lullaby” in “Mood Indigo”(CD)

When a Man Loves a Womanこの項の最後になるが、ボッシュが同僚刑事のリカードとともに、麻薬密売少年を確保しようとする街中。リカードがボロをまとった酔っ払いに変装し、歌いながら路地を歩いている。ボッシュは、「その歌が酔っ払いのかすれ声で歌われているパーシー・スレッジの《男が女を愛する時》だと思った」 ―― Percy Sledge, “When a Man Loves a Woman” in ” When a Man Loves a Woman”(CD)

ボッシュ・シリーズと音楽 その2 につづく。