ボッシュ・シリーズと音楽 その4

Walt Disney Concert Hall, photo by Carol M. Highsmith, 2005
Walt Disney Concert Hall,
photo by Carol M. Highsmith, 2005

ロサンジェルス・フィルハーモニック(The Los Angeles Philharmonic)は、10月から6月初めまでのウィンター・シーズンはウォルト・ディズニー・コンサートホールを本拠地として活動するが、7月から9月のサマー・シーズンは毎年、ハリウッド・ボウルで野外コンサートを行っている。収容人員が18,000人近くにおよぶ、世界有数の屋外演奏会場だ。

The Hollywood Bowl
The Hollywood Bowl

そのハリウッド・ボウルのステージ側の背後から、観客席を眼下に臨む丘の上にボッシュたちはいた。そこの空き地に止められたロースルロイスのトランクで射殺死体が発見されたのである(トランク・ミュージック ; Trunk Music)。そのときはちょうど、レイバーディ(9月第1月曜日)のウィークエンド公演の演奏が行われていた。ボッシュは「空き地の端では、音楽がずっとよく聞こえるのに気づいた。しばらくすると、演奏されている曲目がわかりさえした。《シェヘラザード》だ・・・」 それは、非業の死を遂げた母マージョリー・ロウが好きだった曲であり、ボッシュにとって母親と自分とをつなぐ数少ないよすがの一つであった。 ―― Nikolai Rimsky-Korsakov, “Scheherazade” in “Scheherazade”(CD) performed by Charles Dutoit / Montreal Symphony Orchestra

R.コルサコフ:交響組曲「シェエラザード」作者コナリーはボッシュを、前作「ラストコヨーテ」から長期の休職処分に置き、そこから本作「トランク・ミュージック」で久しぶりに現場復帰させた。シリーズの出版間隔という意味でも、前作から2年近く間があいたことになるので、この《シェヘラザード》で、ボッシュのバックグラウンドを読者に思い出してほしかったのであろう。

Eddie Money捜査の流れがロサンジェルスからラスヴェガスに移り、ボッシュは一流クラブのダンサーの聞き取りに出向く。ちょうどDJが次のダンサーを紹介し、「エディー・マネーの古い曲《天国行き超特急》が音響システムからがなりたてられる・・・」 ―― Eddie Money, “Two Tickets to Paradise” in “Eddie Money”(CD)

Today! (Mono & Stereo Remastered)目当てのダンサーの一人目がおらず、ボッシュはウェイトレスに重ねて尋ねる。「じゃあ、ロンダはどうだい?」、「あそこにランディはいるわ」、「いや、ロンダだ。ヘルプ、ヘルプ・ミー・ロンダの。今夜は働いていないのかい?・・・」 ―― Beach Boys, “Help Me, Rhonda” in “Today!”(CD)

Excitable Boyロンダを待つあいだ、ボッシュはふたたびステージのほうに関心を向けた。「・・・次の曲は、ウォーレン・ジヴォンの《弁護士と銃と金》だった。その曲を聞いたのは久しぶりで、パトロール警官をしていた時分、制服警官のあいだの聖歌であったのを思い出す」 ―― Warren Zevon, “Lawyers, Guns and Money” in “Excitable Boy”(CD)

ボッシュ・シリーズと音楽 その5につづく。

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ボッシュ・シリーズと音楽 その5

シリーズのスピンオフ作品の中で、ボッシュと最もつながりの深いテリー・マッケイレブが鮮烈に初登場した「わが心臓の痛み(Blood Work)」から、音楽を拾ってみたい。

ザ・ロンドン・ハウリン・ウルフ・セッションズ+3まず冒頭シーン。心臓移植の手術を受けてまだ8週間のマッケイレブが散歩から帰ると、美女が自分のボートを美女が訪れている ・・・「女性の姿がはっきり見えてくるにつれ、マッケイレブは、自分の恰好がやたらと気になってきた。ポータブルCDプレイヤーのイヤホンを耳から抜き取り、ハウリン・ウルフが《アイ・エイント・スーパースティシャス》を歌っている途中でCDを止めた。『何の用ですか?』 ・・・」 ―― Howlin’ Wolf, “I Ain’t Superstitious” in “London Howlin Wolf Sessions +3 Limited Edition”(CD)

次に別のシーンで、同じアルバム(ただし今度はカセットテープ)がまた使われる。自分で車の運転ができない状態にあったマッケイレブは、隣人にそれを頼んだ。ようやく隣人の車がやってくると、「・・・カーステレオに入れたハウリン・ウルフのテープを大音量でかけていた。(中略。隣人は)ドア・ポケットからハーモニカを引っぱりだした。《ワン・ダン・ドゥードル》に合わせて演奏を始めた・・・」 ―― Howlin’ Wolf, “Wang Dang Doodle” in “London Howlin Wolf Sessions +3 Limited Edition”(CD)

Best of Louis Jordanマッケイレブは主治医に会い、病院から帰ろうとしている。「下りのエレベーターは人がいっぱいで、有線の音楽を除いて、だれも話をしていなかった。音楽はルイ・ジョーダンの《ノック・ミー・ア・キス》の古い録音だとマッケイレブにはわかった」 ―― Louis Jordan, “Knock Me A Kiss” in “Best of Louis Jordan”(CD)

Let It Bleedマッケイレブは隣人の車を自ら運転していた。かれは以前、隣人からハーモニカの吹き方を教わっており、「・・・ローリング・ストーンズの」《ミッドナイト・ランブラー》のでだしのリフを奏でられるところまで達した。いま、その曲を演奏しようとしたが、正しい音がみつけられず、出てきたのは老人がぜいぜいあえいでいるような音になってしまった」 ―― Rolling Stones, “Midnight Rambler” in ” Let It Bleed “(CD)

Fire: the Jimi Hendrix Collectionマッケイレブは犯人の跡をたどり、工業地域でガレージや倉庫が立ち並ぶドライブウェイに入り込んだ。暗い夜だった。「・・・あたりを見まわした。ずいぶん距離があるとおぼしきところから、かすかな音楽が聞こえてきた――ジミ・ヘンドリックスが”おまえの炎の隣に立たせてくれ”と歌っている・・・」 ―― Jimi Hendrix, “Fire” in ” Fire; the Jimi Hendrix Collection “(CD)

John Wesley Hardingその少しあと、犯人のガレージを見つけたマッケイレブは、鉄棒を使ってドアの南京錠を壊そうとし音をたてる。「・・・あたりを見まわし、耳を澄ました。なにもない。ただヘンドリックスがボブ・ディランの《見張塔からずっと》をカバーしているだけだ。ここはオリジナルの方を紹介しておくべきだろう。 ―― Bob Dylan, “All Along the Watchtower” in “John Wesley Harding”(CD)

ボッシュ・シリーズと音楽 その6につづく。

 

ボッシュ・シリーズと音楽 その6

The Bradbury building
The Bradbury building

次に紹介する「エンジェルズ・フライト(Angeles Flight)」は、めずらしく音楽の使われ方が少ない。その代わりというわけでもないだろうが、事件の起こった現場であり作品タイトルにもなった伝統的なケーブルカー(およびその駅)と、ブラッドベリー・ビルディングという、LAダウンタウンの2つのランドマークが登場して楽しませてくれる。

Photo by Luke Jones - Staircases and atrium interior of the Bradbury Building, Downtown Los Angeles (2008) / CC BY 2.0
Photo by Luke Jones – Staircases and atrium interior of the Bradbury Building, Downtown Los Angeles (2008) / CC BY 2.0

後者は1893年に建てられ、アメリカの歴史登録財や国指定歴史建造物にもなっているネオ・ゴシック建築のビルであり、映画「ブレード・ランナー(Blade Runner)」のロケに使われたのでご存知の方も多いだろう。ハリー・ボッシュもなぜか、ミステリアスな魅力のあるこのビルがお気に入りのようだ。さて、ボッシュらは、被害者である弁護士の事務所がよく知られたこのビルのテナントであったため、そこを訪れた。

Barber's Adagio「一行は建物のアナトリウムに入り、みな、自然と天井を見上げた。自然とそうなるのがこの場所の美しさというものだった。頭上のアナトリウムの明かり採りは、夜明けの紫色や灰色に包まれていた。隠されたスピーカーからクラシック音楽が流れている。どこか不気味で物悲しい音楽だったが、ボッシュには何の曲だかわからなかった。『バーバーのアダージョよ』・・・」 ―― Samuel Barber, “Adagio for Strings” in “Barber’s Adagio”(CD)  ―― これは、バーバーの「弦楽のためのアダージョ」を8種類の多彩な演奏で聞き比べできる異色盤だ。「これだ」と思える好みの演奏が見つかるだろう。

Mood Indigo同作では、シリーズでおなじみの、あの曲がまた使われている。逮捕された同僚刑事の家族のもとに向かうボッシュ。「・・・自分で選曲・録音した自家製カセットテープがあったので、カーステレオにかけた。とくに気に入っているサクソフォーンの曲が入っていた。テープを早送りして、お目当ての曲を見つけた。フランク・モーガンの《ララバイ》だ。甘く、ソウルフルな葬送曲に思えた・・・」 ―― Frank Morgan, “Lullaby” in “Mood Indigo”(CD)

うえの2曲では如何にもさみしいので、コナリーの意欲的なスピンオフ作品「バッドラック・ムーン(Void Moon)」から併せて紹介しよう。仮釈放中の身で、いまは自動車販売店に勤務しているヒロインのキャシー・ブラックは、あることが原因でから憂鬱な思いに沈んだまま、商売用のポルシェ・ボクスターを運転していた。

Seven Year Ache「ラジオを聞いた。古い歌が流れてきた。ロザンヌ・キャッシュが7年間の痛みについて歌っている。そうよ、とキャシーは思った。ロザンヌは自分で言ってることがわかってるわ。7年間ね。でも、7年後に何が起こるのか、この歌は何も言ってくれないわ。痛みはなくなってしまうのかしら?そうは思えなかった」 ―― Roseanne Cash, “Seven Year Ache” in “”Seven Year Ache”(CD)

Car Wheels on a Gravel Roadキャシーは仮釈放のルールを破り、LAを出てラスヴェガスに向かう ・・・「カーステレオにルシンダ・ウィリアムズのCDを入れて、ドライヴのあいだ何度も何度も聞いた。(中略)それらの歌の荒くれ男風の雰囲気や、歌手がそれぞれの歌に込めた何かを捜し求める感じが好きだった。そのうちの一曲が鳴るたびに、キャシーは泣いた。別れた恋人が死ぬために、レイク・チャールズに戻ったという歌だった。

天使があなたの耳にささやいてくれたかしら?
あなたの体を抱いて恐れを消してくれたかしら?
あなたが死んでゆくときに 」

―― Lucinda Williams, “Lake Charles” in “Car Wheels on a Gravel Road”(CD)

裏の顔を持つ私立探偵ジャック・カーチは、キャシーの仲間を車の中から見張っていた・・・「《サマー・ウィンド》という曲だった。いつもカーチを楽しませてくれる。《シナトラ・ベスト・ヒット》のCDでその曲が終わるたびに、もう一度聞かなくては気がすまなかった。すべていい曲だが、《サマー・ウィンド》に匹敵するものはない。一流中の一流だ。シナトラのように」

Nothing But the Bestカーチはキャシーの娘を里親のところから誘拐した。車のミラーでうしろを見ると、異変に反応して通りに飛び出した女が叫んでいる。後部座席の娘に気づかれてはいけない ・・・「彼はすぐにボタンを押して、ステレオをかけた。(中略)ステレオがその声を掻き消した。フランク・シナトラが《ザッツ・サイフ》(それが人生さ)を歌っている」 ―― Frank Sinatra, “Summer Wind”and “That’s Life” in ” Nothing But the Best”(CD)

ボッシュ・シリーズと音楽 その7につづく。

ボッシュ・シリーズと音楽 その7

ハリー・ボッシュが大好きなジャズ・プレーヤーをひとりだけ挙げるとすれば、フランク・モーガン、あるいはアート・ペッパーであろうか。後者について、かれの思いをたっぷり語る場面が「夜より暗き闇(A Darkness More Than Night)」に描かれている。

テリー・マッケイレブがある目的でボッシュの自宅を訪れると、ステレオにはすでにペッパーがかかっていた。マッケイレブは話の合間にステレオの前に行き、CDケースを見て訊ねた。「『いまかかっているのはこれかい?(中略)《アート・ペッパー・ミート・ザ・リズム・セクション》?」 するとボッシュは、待ってましたとばかりに、その盤についての蘊蓄を披露するのだ。

Art Pepper Meets The Rhythm Section 「アート・ペッパーとマイルスのサイドメンが共演している。ピアノがレッド・ガーランド、バスがポール・チェンバース、ドラムがフィリー・ジョー・ジョーンズだ。ここLAで1957年1月19日に録音された。一日かぎりのセッションだ。ペッパーのサックスのネックのコルクはおそらく割れていたんだろうが、そんなことどうでもいい。ペッパーはサイドメンたちと一回かぎりの録音をおこなった。その機会を最大限に活用したんだ。一日かぎり、一回かぎり、そしてひとつのクラシックが生まれた」 ―― Art Pepper, “You’d Be So Nice To Come Home To” and  “Straight Life” in “Art Pepper Meets The Rhythm Section”(CD)

ボッシュの話は止まらない。母親がペッパーのレコードをたくさん持っていたこと、また彼女はペッパーが演奏するジャズクラブに出入りしていたこと、少年だったボッシュ自身はペッパーが自分の父親かも知れないと空想していたこと、後年ペッパーの自伝を読んだこと・・・などをマッケイレブ相手にくさぐさ語り、読者もまたボッシュの知られざる一面を発見することになる。

Night Moves情報収集を続けるマッケイレブはそのあと、ボッシュに教えられたハリウッドのバーに立ち寄る。そこでは・・・「ボブ・シーガーの古い曲、《炎の叫び》を奥のジュークボックスががなり立てていた」 ―― Bob Seger, “Night Moves” in ” Night Moves”(CD)

 

Never a Dull Moment・・・大音量の曲が流れるなか、マッケイレブとバーテンの会話がひと区切りつき・・・「《ツイスティング・ザ・ナイト・アウェイ》がはじまった。ロッド・スチュワート・ヴァージョンだ」 ―― Rod Stewart, “Twisting The Night Away” in “Never a Dull Moment”(CD)

Darkness on the Edge of Town数日後、ふたたび同じバーで、ボッシュとマッケイレブが作戦会議のような会話をする場面。ストーリーと背景の楽曲がかすかにシンクロしている。「・・・店の奥まで客がひしめいていた。ブルース・スプリングスティーンがジュークボックスから、”町のはずれに暗闇がある”と歌っていた」 ―― Bruce Springsteen, “Darkness on the Edge of Town” in ” Darkness on the Edge of Town”

行き詰まりムードが漂うなかで、マッケイレブがボッシュにあるヒントを投げかける。「・・・ボッシュはそこで口をつぐみ、マッケイレブを見た。明らかに輪っかがまわりはじめていた。ロッド・スチュワートが《ツイスティング・ザ・ナイト・アウェイ》を歌っていた ・・・」 同じバーのシーンで繰り返し演奏されていることから、コナリーが同曲をひとつのテーマ曲のように扱っていると推察できる。

Tupelo Honey作戦会議が進んで一つの方向性が見えてきた。マッケイレブは周りをうかがうが、「バーでどんな言葉が交わされているのか聞きとれなかった。音楽がやかましすぎた。ヴァン・モリスンが”激しい夜がやって来る”と歌っている」 このあと、ストーリーが激しく展開しそうだということがさりげなく暗示されている。 ―― Van Morrison, “Wild Night” in “Tupelo Honey”(CD)

Premonitionさて、これで終わりかなと思っていると、ボッシュらがバーを出ようとする去り際、ジュークボックスではダメ押しのような選曲が用意されている。「・・・ジュークボックスからジョン・フォガティが”不吉な月が昇っている・・・”と歌っていた」   ―― John Fogerty, “Bad Moon Rising” in “Premonition”(CD)

ボッシュ・シリーズと音楽 その8 につづく。

ボッシュ・シリーズと音楽 その8

Kind of Blueシティ・オブ・ボーンズ(City of Bones)」でボッシュは、ジャズの楽しみを共有できる女性と知り合う。自宅のコレクションから彼女に聞かせるCDを選ぶボッシュ。「・・・ラックへ近づくと〈カインド・オブ・ブルー〉を抜き出した。ステレオにセットする。『ビルとマイルスだ』ボッシュは言った。『コルトレーンやほか何人かはさておくとして、最高の一枚だ』 ・・・」 ―― Miles Davis, “Kind of Blue”(CD)

クリフォード・ブラウン・メモリアル・アルバム+8そのあと、曲やCDの特定はないが、クリフォード・ブラウンが2つのシーンで流される。「・・・50年近くまえに、このトランペット奏者はほんの数枚のレコードを残し、自動車事故で亡くなった。ボッシュは失われたすべての音楽に思いを馳せた。地中の幼い骨と失われたものに思いを馳せた。そして自分自身と自分が失ったものに思いを馳せた ・・・」  ―― Clifford Brown, “Memorial Album +8″(CD)

Turn Out the Stars: The Final Village Vanguard Recordings june 1980数日後、彼女の家でディナーを用意するふたり。「・・・(ボッシュは)ビル・エヴァンス・トリオがニューヨークのヴィレッジ・ヴァンガードで演ったライブCDを選んだ。自宅にもこのCDがあり、ディナーにはうってつけだとわかっていた・・・」 ―― Bill Evans Trio, “Turn Out the Stars: The Final Village Vanguard Recordings june 1980″(Box set)

ふたりが大人らしく洗練されたデートを続けるあいだ、平穏な時間がゆるやかに流れる。しかし、それほどに優しい物語がどこまで続くものだろうか。読者はやがて、始まったころの高揚感が、どこか落ち着かない気分へと変化しつつあることに気づくだろう。・・・物語においては、不幸なことに、そうした漠然とした不安感がよく的中するものだ。このあと、予期していなかった悲劇が訪れる。

さて、ストーリーの終盤近くでは、ふたたび《カインド・オブ・ブルー》が流れ、本作のテーマであることが理解される。コナリーは、作品のなかに音楽を挿入することが、ただ単に好きというだけではないであろう。初期の作品からこのあたりまでを振り返ると、マルチメディアを駆使した立体的な作品づくりを一貫して志向してきたとわかる。具体的には、たとえば作品の映像化に備えて、サウンドトラックの素案を盛り込んでいるのかも知れない。

ボッシュ・シリーズと音楽 その9へつづく。