ナイトホークス The Black Echo

LAPDの強盗殺人課(RHD)で8年間のキャリアを誇るハリー・ボッシュだったが、武器を持たない容疑者を殺したと追求され、ハリウッド署に左遷されていた。パイプの中で不審死を遂げた男の事件を担当することになったところで、意外な事実に出くわす。死んだ男はベトナムでの戦友メドーズだったのだ。ボッシュは、心理的な戦争後遺症に悩まされつつ、事件の真相を探ろうとするが、FBIや内務監査課の妨害を受け捜査からはずされてしまう。メドーズは銀行強盗事件の有力容疑者だったのだ。

The Black Echo US実際にロサンジェルスで起きた事件の一部を題材とした本作は、初版わずか15,000部で全米の広告露出がなかったにも拘らず、各書評で非常に高い評価を得る。さらに、1993年度のアメリカ探偵作家クラブのエドガー賞(MWA賞)処女長編賞を獲得して、コナリーの作家デビューを飾った。

主人公の本名はヒエロニムス・ボッシュ(Hieronymus Bosch)といい、中世フランドルの画家と同姓同名である。名付けた母親は画家ボッシュのある複製画を持っていたが、のちにそれはボッシュに受け継がれ、かれの自宅の廊下に掛かっているのを訪れたある人物が見出す、というシーンが本作に描かれている。母親が「ヒエロニムス・ボッシュ」という名前を息子につけた理由はなにか。

そのことを含めて、ボッシュ自身が「自分はなにものか」を探し出す物語が、これからのシリーズに引き継がれていく。そうした主人公のこころの旅は、かれがひとつひとつの殺人事件に立ち向かい、解明していく本筋のプロットと複雑に絡み合いながら進行するので、どうか注意していただきたい。ボッシュの名前の由来について早読みする場合はこちらを参照。「ヒエロニムス・ボッシュ」の秘密

本作は「ポスト・ベトナム」の後遺症が一つのテーマだが、ボッシュ自身の受けとめ方は、次のように描かれている。「・・・しかし多くの人々は、いまだに心に傷を負っているものの、自分なりに折り合いをつけながら、日常的な生活を送っているのではないだろうか。ハリーの生き方はそれに近い。いまだに戦争の夢に悩まされ、眠れぬ夜を過ごしているが、もとにもどすすべはないとして、折り合いをつけて生きている」(「ナイトホークス」解説; 穂井田直美氏)

本作はもとより、新たなハード・ボイルドの地平を拓いた作品と位置付けできるであろう。ただ、次作以降は、徐々にハード・ボイルドとは異なる要素を加えたり、作品の建て付けに工夫を凝らしたり、といったような作家コナリーの意欲も何となく感じるところだ。とはいえ、本作に限ると、コナリーは画家ボッシュの絵に加えて、あるもう一枚の絵画作品を重要なモチーフとして取り上げ、ハード・ボイルドの雰囲気をいろ濃く醸し出している。

ナイトホークス(夜ふかしをする人たち) エドワード・ホッパー
ナイトホークス(夜ふかしをする人たち) エドワード・ホッパー

その絵画作品とは、エドワード・ホッパーの「ナイトホークス(=夜ふかしをする人たち; Nighthawks)」である。この絵のイメージが、おそらく本作をぴったり象徴しているということから、絵のタイトルがそのまま邦題にも採用された。「ナイトホークス」とは「孤独な夜の鷹」、すなわち「夜ふかしをする人たち」である。

ある街角の夜ふけのダイナー。閑散とした店のカウンターに、ひと組のカップルが寄り添い、手前には一人の男が物思いに沈む体(てい)で背中を見せている。店員は自分の仕事にいそしむ。店の向こう側はガラスを通して、真っ暗な空間が占めている。鑑賞者は、店の外の少し離れた場所からそんな寂しい光景を眺めている。ボッシュは作中で、その内の一人で座っている男をボッシュ自身とみなすのである。自分こそ「孤独な夜の鷹=ナイトホークス」であると。ホッパー作品との関連について、詳しくはこちら。