ボッシュの履歴書(5) 警察内部の確執

ボッシュは、左遷された先のハリウッド署でも、「追い討ち」のような目にあわされる。どんな組織にもあることだが、協調性が足りないといった評価が少しでも成されると、その対象者には「あいつは組織になじまない一匹狼タイプだ」などというレッテルが貼られやすい。また、一度貼られたレッテルはなかなか剥がせないものだ。

LA_usa-1201720_960_720ボッシュの場合、「お前は組織に適していない。お前がいると組織が崩壊する」といった評価を下す人物は、LAPD警視正補、やがてシリーズ中盤では副本部長に昇進するアーヴィン・アーヴィング(Irvin S. Irving)である。アーヴィングは、本シリーズのなかで「組織悪」を象徴している。組織社会を描くドラマには欠くことのできない重要な敵役を担っている。

終決者たち(上) (講談社文庫)終決者たち(下) (講談社文庫)アーヴィングは陰に陽に権力を見せつけながら、基本路線としてボッシュをいじめ抜くのであるが、一転してかれの保護者の振りをしたりすることもある。ボッシュとアーヴィングの絡みや確執は、本シリーズの第11作「終決者たち(The Closers)」のあたりまで、表面的なかたちを変化させながら、読者をまったく飽きさせることなく続いていく。この二人の関係を追うだけで、まさに大河ドラマを堪能する気分となるのである。

最終的にどんな決着を迎えるかは、ぜひとも読んで確かめていただくしかない。シリーズの冒頭、「ナイトホークス(The Black Echo)」に戻ると、アーヴィングは内務監査課(IAD, Internal Affairs Division)にしつこくボッシュを調査させるという、かれの得意な手段でボッシュを追いつめ、追い払おうとする。ボッシュは、いかに切り抜けるのだろうか。

ところで、本来IADは警察内部の不正を事務的・中立的に糾す部門であり、ほかの警察小説やドラマでもそのような役割で描かれることが多いが、本シリーズではじめのうちアーヴィングの手足となって暗躍するだけでなく、そのあとも何度も、ボッシュに嫌がらせを働き続ける、じつにイヤな連中だ。しかし、自分の道を歩むという、確信と使命感がかたときも離れないボッシュは、けしてめげることがない。

ボッシュの履歴書(6)につづく。

ボッシュの履歴書(6) FBIとの関係

さて、アメリカの犯罪ドラマでは、警察組織同士の「管轄権の争い」が一つの定番エピソードになっている。現実にあるのかも知れないが、それはさておき、本シリーズでも時折似たような状況が描かれている。争いはLAPD内部で発生することもあるが、より大きな事件の場合は当然FBIの出番となるので、そこにLAPD vs FBI といったような構図ができやすい。

そんなとき、ボッシュの視点では、FBIが自分の事件を横取りしようとする厄介な相手や障碍に見えることがある。しかし、ボッシュの場合にかぎると逆に、FBIがかれの捜査上の窮地を救うケースが多いような気がする。ただし、”FBI”と言っても組織ではなく、ボッシュの親しい友人を指すのであるが。

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一徹なボッシュとしては、ほかに方法が無いと思えば迷わず(LAPDの組織論理やしがらみなど一片も顧慮することなく)、FBIであれ誰であれ頼みこんでしまう。並みの刑事ならそんな非常識な行動に走らず、あくまで身内に援助を仰ぐに違いない。しかしその結果はいうまでもなく、問題が本質的に解決されることはないであろう。ボッシュの考える本質的解決とは、そこに存在する「悪」を追いつめ、消滅させるることにほかならない。

あなたが部下をもつ組織人であれば、自分から折れない・やりすぎるボッシュに違和感を覚えるか、我慢できないかも知れない(とすると、アーヴィン・アーヴィングと似ている?ようだが)。あるいは、ボッシュの突出行動はいままでずっと結果を残してきたし、組織の閉塞感を打ち破る態度として奨励したいくらい、であろうか。

ボッシュの履歴書(7)につづく。

ボッシュの履歴書(7) 強制休職処分

LAPDはボッシュのホームグラウンドであり、普通の職場感覚でいえば、ボッシュの心安まる居場所であってほしい。しかし実態は、「争闘の場」とまでは言わないが、ボッシュにとって何かとストレスの多い場所になっている。

ラスト・コヨーテ〈上〉 (扶桑社ミステリー)ラスト・コヨーテ〈下〉 (扶桑社ミステリー)1994年1月、ロサンジェルス地震が発生し、ボッシュの自宅も被害を受ける(「ボッシュ、地震で自宅が半壊」を参照)。地震とは関係ないが、そのしばらく後ボッシュは、ある事件の重要参考人の扱いをめぐるトラブルから、上司のハーヴェイ・パウンズ(Harvey “Ninety-Eight” Pounds)警部補につかみかかってしまう。「ラスト・コヨーテ(The Last Coyote)」の発端である。

Los Angeles City Hall
Los Angeles City Hall

ボッシュは、ダーティ・ハリーのような硬派のアクション・ヒーローではない。それゆえ、ハードボイルド小説として激しいアクションや暴力シーンを期待する向きは、少々裏切られるだろう。そんなボッシュが最低男のパウンズをビビらせる場面は、珍しくハードボイルドの雰囲気を醸し出している。

この一件で、何よりボッシュ自身が気を晴らしただけでなく、ファンもいくらか痛快さのボーナスをもらったような気分ではある。しかし、ボッシュは上司に暴行を働いたことで、強制休職処分となってしまう。

ボッシュは、復職の条件として、精神分析医のカーメン・イノーホス(Carmen Hinojos)のカウンセリングを受ける。その様子はボッシュとイノーホス、ふたりの静かな対話として丁寧に描かれており、ファンにとってはボッシュの心のうちを知る重要な場面といえるかも知れない。

blurry-691240_960_720-02ボッシュは、また、この期間を利用して、ずっと心の片隅に残っていた33年前の母親殺害事件を調べる。このことによって、ボッシュがそれまで、「自分はなにものであるのか」を探し続けてきた旅にひとつの区切りがつけられる。このような、すべての状況において頑張っているボッシュに拍手を贈りたい。

なお、1995年2月、のちに全米を震撼させる「ザ・ポエット(The Poet)」の事件が、ボッシュとはまだ関わりのないところで、ノン・シリーズとして描かれる。新聞記者ジャック・マカヴォイ(Jack McEvoy)とFBI捜査官レイチェル・ウォリング(Rachel Walling)が初登場している。

ザ・ポエット〈下〉 (扶桑社ミステリー)ザ・ポエット〈上〉 (扶桑社ミステリー)

 

 

 

 

ボッシュの履歴書(8)につづく。

ボッシュの履歴書(8) ひとときの居場所

1996年1月、ボッシュは18ヶ月の強制休職処分を終え、ハリウッド署盗犯課に復帰。その後9月1日に同署殺人課にもどってきた。ボッシュ46歳。こんどの上司はグレイス・ビレッツ(Grace Billets)警部補、その名前を聞いただけで何となく良さそうな人物という印象を抱く。ビレッツは、3名編成の捜査チームの一つをボッシュに任せる。「トランク・ミュージック(Trunk Music)」(シリーズ第5作)。

LA_hollywood-682851_960_720-02チーム・リーダー、ボッシュのもとにやって来たのは、以前コンビを組んでいたジェリー・エドガー(Jerry “Jed” Edgar)と、若手の女性刑事キズミン・ライダー(Kizmin “Kiz” Rider)。二人とも仕事に情熱を持ち、ボッシュに対して控えめだが素直にリスペクトするところがある。

つまり、シリーズも第5作となり、それまで得られなかった良好な職場環境が、やっとボッシュにも与えられたのだ。前作まで一人きりで任務をこなしながら、「自分はなにものか」を探し求めてきた、孤独の中の孤独な主人公。彼にはもそろそろホッとする場所が必要ではないか。そこが「ひとときの居場所」に過ぎないとしても。

ボッシュはハリウッド署の心地よい環境で仕事を進めるが、あまり楽過ぎては話がつまらなくなるとコナリーも思ってか、次々と捜査の障碍があらわになっていく。FBIに加え、LAPD組織犯罪捜査課(OCID, Organized Crime Intelligence Division)が捜査に横やりを入れたり、あのアーヴィングやIADなどの有象無象、さらに極めつけの無法警官などが、これでもかと登場する。

本作のラストで、ふたりはハワイに
本作のラストで、ふたりはハワイに

さて、「ひとときの居場所」には、もう一つ大事な意味を込めたつもりである。ボッシュが、事件のさなか、「運命の女性」、エレノア・ウイツシュと再会し、結婚するのである。

「処女作『ナイトホークス』で印象的なヒロイン役を演じ、ボッシュの心の奥底にまでとどくしこりを残した女性です。彼の「運命の女性」ともいえる彼女の存在感は、これまでの作品のヒロインたちのことごとくを顔色なからしめるほどです」(岩田清美氏; 「トランク・ミュージック」解説より)

 

ボッシュの履歴書(9)につづく。


ボッシュの履歴書(9) 出会いと別れ

44ミニッツ DVD プライムウェーブ
44ミニッツ DVD
プライムウェーブ

1997年2月28日、開店直後のバンク・オブ・アメリカ、ノースハリウッド支店で銀行強盗が押し入り、激しい銃撃戦となった。ボッシュとエドガーも終盤に駆けつけたようだ。この事件は途中からテレビ局の空撮によって全米で放映され、それを基にテレビ映画『44ミニッツ』も作られた。なおこの事件以後、LAPDは全般的に、警察官の重武装化を進める。

1998年4月の、テリー・マッケイレブ(Terrell “Terry” McCaleb)の事件が、ボッシュ・シリーズの外伝「わが心臓の痛み(Blood Work)」で描かれている。ここでボッシュはチョイ役で登場するのみだが、テリー・マッケイレブとボッシュの軌跡は、この3年後、「夜より暗き闇(A Darkness More Than Night)」において再び交錯することになる。

わが心臓の痛み〈下〉 (扶桑社ミステリー)わが心臓の痛み〈上〉 (扶桑社ミステリー)「マッケイレブ初登場の本書(わが心臓の痛み)はアンソニー賞、マカヴィティ賞、フランス推理小説大賞の3冠を獲得。内容も輝かしい経歴に相応しい出来だ。事件が主人公自身と深く結び付いているのが著者の作品の特徴の一つだが、本書はその極北と言える。事件と主人公の関係がハードボイルドとしての味わいに深みを与え、更に謎解きの要素にも繋がってくる。コナリーの本領が存分発揮された一冊だ」(釘嶋欽太氏)

Angels Flight Railway 1960年(ボッシュ10歳のころ)
Angels Flight Railway
1960年(ボッシュ10歳のころ)

1999年4月、「エンジェルズ・フライト(Angeles Flight)」(シリーズ第6作)の事件。死体発見現場は、LAのバンカーヒル(Bunker Hill)にあるケーブルカー「エンジェルズ・フライト」(Angeles Flight funicular railway)の頂上駅であった。ボッシュは、幼いときに母親とこのケーブルカーに乗った記憶がある。

 

Angels Flight Railway 2004年
Angeles Flight Railway
2004年

この事件の被害者の一人がLAPD相手の人権訴訟を専門とする黒人弁護士だったことから、メディアは警察の犯行を疑う。彼の死を引き金とする危険な暴動の気配が、捜査にあたるボッシュらにプレッシャーとしてのしかかる。1965年のワッツ暴動(Watts Riots)、ロドニー・キング事件に由来する1992年のロサンジェルス暴動以来、LAPDはトラウマに囚われている。(1992年の暴動については、こちらも

この事件では、かつての相俸や仇敵などの過去に登場した様々な人物が、それぞれの思惑を胸にふたたびボッシュと邂逅し、複雑に絡み合っていく。ボッシュはうまく彼らと向き合い、錯綜する事件を解決に導くことができるのか。この「エンジェルズ・フライト」は、警察小説としてもコナリーが頂点に達したとされる傑作である。

エンジェルズ・フライト〈上〉 (扶桑社ミステリー)エンジェルズ・フライト〈下〉 (扶桑社ミステリー)

一方、残念なことに、3年前にせっかく再会・結婚したエレノア・ウイツシュとの生活は、この事件と並行して破局を迎えてしまう。人と出会い、別れていくときの、ボッシュの思いが深く沁みわたる。

さて、ボッシュの内なる魂やボッシュとエレノアとの心のつながりを象徴する、一枚の絵をぜひとも紹介しておきたい。エドワード・ホッパーの「ナイト・ホークス(夜ふかしをする人たち)」である。本シリーズ第一作のタイトル(邦題)はここから採られた。その重要な絵の意味について、詳しくはこちら。ナイト・ホークス(夜ふかしをする人たち)by Edward Hopper

ナイトホークス(夜ふかしをする人たち) エドワード・ホッパー
ナイトホークス(夜ふかしをする人たち)
エドワード・ホッパー

 

 

 

 

 

ボッシュの履歴書(10)につづく。