1970年夏、ベトナムから帰還したボッシュの思いは、自分自身の失われたアイデンティティに向かう。それまで別段、気にもしていなかった自分の出生について調べ始め、やがてある人物が実の父親であるとの確証に行きつく。その経緯は「ブラックアイス(The Black Ice)」の回想の中で明かされる。しかし、その時点の若きボッシュは、母親の死の謎に思い至ることはできず、かれが成長してそのことに取り組むまで10数年を要することになる。
1982年以来、LAPDのエリート部門である強盗殺人課(RHD)で順調にキャリアを積んできたボッシュだったが、1989年の連続殺人事件(「ドールメイカー事件」)で、つまずいてしまう。容疑者を追っていたボッシュは、ある男の部屋を急襲したところ、男が枕の下に手を伸ばしたのを見て射殺した。ところが、枕の下に武器は無く、カツラしかなかったのである。
結果的に男はその事件の犯人であったのだが、ボッシュは、武器を持たない容疑者を殺したとして内務監査課に追求され、やがて22日間の無給停職処分ののち、市警の”下水”と呼ばれるハリウッド署(Hollywood Division)に左遷されてしまう。なお、ドールメイカー事件の少し前、ボッシュはFBI捜査官、テリー・マッケイレブ(Terrell “Terry” McCaleb)と初めて出会っている。
1990年5月のある日、ハリウッド署刑事として勤務する40歳のボッシュ。「ナイトホークス(The Black Echo)」の冒頭である。ハリー・ボッシュ・シリーズの現在進行形のドラマは、この時点からスタートする。これ以前の過去に起こった物語やイベントは、主人公ハリー・ボッシュの回想と、かれが自分のアイデンティティを求めて過去を探求する行動から次第に明かされてく。
「ナイトホークス」の事件で、ボッシュは運命の女性、エレノア・ウィッシュ(Eleanor Wish)に出会う。また、相棒のジェリー・エドガー(Jerry “Jed” Edgar)とキズミン・ライダー(Kizmin “Kiz” Rider)、のちに警察内部で確執の相手となっていくアーヴィン・アーヴィング(Irvin S. Irving)が登場する。ボッシュは事件で肩に銃創を受け、メキシコで6週間の休暇を過ごす。
1992年4月29日、ロサンジェルス暴動が勃発。黒人男性ロドニー・キングに対するLAPDの警官による暴行事件の裁判で、被告警官が無罪評決を受け、これを発火点として暴徒が商店を襲撃し、放火・略奪を行うなど大規模な暴動に拡大した。死者53人、負傷者は約2,000人、放火3,600件、建物の崩壊1,100棟に及び、1万人の逮捕者を出した。うち黒人は42%、ヒスパニック44%、白人が9%だった。
この背景には、人種間の根深い差別と緊張に加え、黒人の高い失業率、LAPDによる黒人への恒常的な圧力、韓国人店主による黒人少女(ラターシャ・ハーリンズ)射殺事件など、サウスセントラルの黒人社会に積もりつもった怒りがあった。そこに、ロドニー・キング事件の評決が火をつけたのである。
1992年12月、ボッシュ42歳。「ブラックアイス(The Black Ice)」事件。その前の4ヵ月問、当時、検屍局局長代理だったテレサ・コラソン(Teresa Corazón)とつきあっていたが関係は悪化する。同僚刑事の未亡人、シルヴィア・ムーア(Sylvia Moore)と知り合う。
1993年11月、「ブラック・ハート(The Concrete Blonde)」における法廷での戦いと、関連する新たな事件。4年前にボッシュが犯人を射殺し、ドールメイカー(Dollmaker)事件は終息したはずであったが、犯人の未亡人が「夫は無実」としてボッシュを告訴した。その矢先、新たな被害者が発見される。
1994年1月、ロサンジェルス地震が発生し、ボッシュの自宅も被害を受ける(「ボッシュ、LA地震で自宅が半壊」を参照)。その3ヵ月後、シルヴィアとも自然に別れる。そんななか、ボッシュはあるトラブルから上司のハーヴェイ・パウンズ(Harvey “Ninety-Eight” Pounds)に暴行を働いたことで、強制休職処分となる。
ボッシュは、精神分析医のカーメン・イノーホス(Carmen Hinojos)のカウンセリングを受けながら、この期間を利用して、ずっと心の片隅に残っていた33年前の母親殺害事件を調べる。この「ラスト・コヨーテ(The Last Coyote)」の事件によって、ボッシュがそれまで、「自分はなにものであるのか」を探し続けてきた旅にひとつの区切りがつけられる。