ハリー・ボッシュの生い立ち

Queen of Angels Hospital (Dream Center) Echo Park, Los Angeles
Queen of angeles Hospital
(Dream Center)
Echo Park, Los Angeles

主人公、ハリー・ボッシュ(Hieronymus “Harry” Bosch)は、朝鮮戦争の始まった1950年、ロサンジェルス市のクイーン・オブ・エンジェルズ病院(Queen of angeles Hospital)で生まれた(現在、同病院はペンテコステ派キリスト教会の施設”Dream Center”となっている)。

出生記録には、母親はマージョリー・フィリップス・ロウ(Marjorie Phillips Lowe)、父親は彼自身の名前、ヒエロニムス・ボッシュ(Hieronymus Bosch)と記されている。その記録が正しいものでないことは誰の目にも明らかであった。その後、母親は息子に対して、かたくなに本当の父親の名を告げようとはせず、一度だけ、自分の大好きな作品を描いた画家にちなんでつけた名前だと彼に述懐する。このように、父親ははじめ不詳だが、物語の中で明かされていくことになる。

Portrait of Hieronymus Bosch
Portrait of Hieronymus Bosch

この「非常に変わっている」、息子の名前は、中世フランドルの幻想画家(Hieronymus Bosch)に因んでいる。”Hieronymus”について、”anonymous”(意味は「匿名の、誰でもない」)とおなじ韻を踏むという説明が、物語の中で、第三者に対しなんども繰り返される。人にそう説明しながら、ボッシュ自身は、「自分がなにものなのか」と終わることのない自問を続けていかざるを得ない。

「ヒエロニムス・ボッシュ」の秘密
画家ボッシュとの関係」についてはこちら

若くしてボッシュを生んだマージョリーは、娼婦をして息子を育てる。しかし、ボッシュ10歳のとき、母親不適格とされ、ボッシュは養護施設に入れられる。

1961年10月28日、母マージョリーは何者かに殺され、ハリウッドの路地で発見される。ボッシュ11歳のときだった。母の死を聞いた日に、プールの底深くにもぐって声をあげて泣くボッシュ少年の哀切きわまりない回想シーンが、第2作の「ブラック・アイス(The Black Ice)」で描かれている。

boy_child-504851_960_720 -02孤児となったボッシュは、その後、17から18歳のころまで、養育施設と里親のあいだを転々とする。その回想は本シリーズの随所で語られる。たとえば、16のときに新たな里親に引き取られたが、その養父はボッシュが左利きであることに目をつけ(因みにコナリーも左利きとのこと)、サウスポーのプロ投手に養成しようとするが、それは愛情ではなく金目当だった。ようするに、ボッシュは愛情を知らずに育ったのである。

のちに、成人したボッシュが愛情の薄い少年にかぎりない優しさを抱くことが描かれる。第1作「ナイトホークス(The Black Echo)」のヒロイン、エレノアがある少年についてこう言う。「あなた、あの子のこと気にいっているでしょ。あの子に接する態度を見ていてそう思う。自分の姿を見ているようなところがあるのね?」

また、「ブラック・アイス」でも、ボッシュは麻薬を密売する少年に同情を禁じえない。そういう少年たちを見ると、自分自身が養護施設で過ごした記憶がよみがえる。かれ自身の感じた「まじりっけなしの恐怖と、悲鳴をあげたいほどの孤独」を思い出すのである。ここから、本シリーズにおける物語のすべてが始まっていく。

このような主人公の生い立ちをいかに創作していったか、作者自身が経緯を語ってくれている。

コナリーの語る、エルロイとの関係」はこちら
ボッシュの人格形成については「ボッシュ人物論」を参照

養護施設を出てからは、ボッシュは軍隊、そしてロサンジェルス市警へと自分の人生を歩んでいく。