レイチェル・ウォリング その4

レイチェル・ウォリングはその後、マカヴォイやボッシュ、そのほかの未知の人物と、「付かず離れず」と正反対の「付いたり離れたり」といった付き合い方をしていく。彼女が対人関係で見せるそのような行動は、外見上、いわゆる八方美人で落ち着きのない性格を表しているように見えるが、じつは彼女にとってごく自然な、むしろ性格の一貫性が現れたものと筆者は解釈している。

tree-the-oneある種の女性ヒーローやヒロインの場合、異性を含めた対人関係は、自己実現やその他の個人的目的を達成するための戦略的、あるいは試行錯誤的な手段の一つであることが多い。しかしレイチェルの場合、仕事以外の対人関係はもっと無意識的でナチュラルな感性にもとづいており、どこかのヒロインのように意図的ではない。また、ナチュラルといっても、ただ単に自由奔放とか野生的とかいうのでなく、そのウラに隠れた本来の性格は、誰かに依存することを必要としたがらず、事実あまり必要としない「自立した精神」ではないか、と思われる。

のちに、ジャック・マカヴォイがレイチェルについて、「誰に対しても、恒久的にはなつくことのない野性の猫のよう」 と評する場面がでてくる。たしかに、彼女を間近に観察し、「付いたり離れたり」されて不満を感じざるをえない、マカヴォイらしいコメントかもしれない。ただ、マカヴォイにしてもボッシュにしても、レイチェルの性格や行動を的確に捉え、彼女が発揮する高い仕事能力を認めてはいるのだが、全体評価として一歩踏み込んでおらず、彼女にとってあまり公平ではないと思う。

Photo by Peter Trimming - Seen at the British Wildlife Centre, Newchapel, Surrey; at the afternoon Keeper's talk. (2011) / CC BY 2.0
Photo by Peter Trimming – Seen at the British Wildlife Centre, Newchapel, Surrey; at the afternoon Keeper’s talk. (2011) / CC BY 2.0

余談になるが、すこしまえに、エレノア・ウィッシュについての記事で、「身近な動物にたとえれば、ボッシュがコヨーテであるのに対し、エレノアはネコ科であろう」と書いた。そのときは、レイチェルについて、マカヴォイが「野生の猫」と称したことをすっかり忘れていた。いま考えてみると、エレノアとレイチェル、どちらもネコ科で問題はないだろう。もちろん、ネコの仲間であっても、タイプのかなり異なるネコ同士ということで。

wild-cat-2以前に述べた通り、レイチェルもエレノアも、共に強い自立心の持ち主である。じつは、しっかり自立したキャラクターでなければ、本作品シリーズの主要人物として活躍できないであろう。自立心が一種の必要要件なのである。ハリー・ボッシュはもとより「独りきりで生きる男」だし、マカヴォイもまた大新聞に埋没しない個性的ジャーナリストである。そうすると、本シリーズの中では、自立した人間が他の自立した人間を見るとき、あたりまえに見えるということがあるかも知れない。それでも、マカヴォイやボッシュは、レイチェルの「自立した精神」にもっと称賛の目を向けてもよいはずだ。

2006年9月、レイチェルは、LAオフィスの戦術諜報課(the Tactical Intelligence Unit)に転任していたが、そこでボッシュからある連続殺人者のプロファイリングを依頼される。彼女は殺人者の名前に隠された意味やアイデンティティをボッシュに明かし、また、殺人者の司法取引にもとづく自供にプロファイルと合致しない点があることなどを伝える。レイチェルとボッシュは、一緒に働いている間に、数年ぶりの親密な関係をとりもどした。 ところが・・・

la_los-angeles-322839_960_720-02レイチェルは、バックアップなしに殺人者の潜伏場所に入っていこうとするボッシュの決断に強く反対した。その後、彼女の懸念は的中し、重大なリスクが顕在化する。レイチェルは、ボッシュがリスクを承知しながら無謀な行動に出たことを責め、他の人間まで危険にさらす傾向には同意できないことをボッシュに伝える。レイチェルは、このとき、彼女自身に責められるべき点はどこにもなかったのだが、結果的に、リニューアルしたばかりの一つの対人関係をふたたびリセットすることになった。(エコーパーク; Echo Park

レイチェル・ウォリング その5につづく。

エコー・パーク(上) (講談社文庫)エコー・パーク(下) (講談社文庫)

レイチェル・ウォリング その5

LA_downtown-022007年、レイチェル・ウォリングは引きつづきLAの戦術諜報課で、彼女にとって新たなチャレンジとなるテロ対策の任務に取り組んでいた。放射性物資を扱う施設やその関係者は、テロのターゲットとなり得るため警戒対象の一つであったが、ある放射線医療の専門家がマルホランド展望台(the Mulholland Scenic Overlook)で殺害されたことから、レイチェルらは現場に急行し、そこで数か月ぶりにハリー・ボッシュと出会う。(死角 – オーバールック; The Overlook

「あのな」ボッシュは言った。「きみをずっと無視してきたのはわかっている。しかし、事件現場までわざわざおれを追いかけてくるには及ばんぞ・・・」
「冗談言っている暇はないの」レイチェルはボッシュの言葉を遮った。「いまのセリフが冗談のつもりだとしても」

レイチェルはこんな一瞬のやりとりで、ボッシュの目を覚ました。これをある種のゲームと見立てるなら、レイチェルの判定勝ちとしたいところだ。この事件は結局、ボッシュの得た証拠によってテロの捜査視点は見当違いであることが判明し、レイチェルとボッシュは真犯人を追いつめる。レイチェルは銃撃によるガラスの破片で頬に小さな傷を負い、ボッシュも途中でセシウムを被爆したのだが、幸いどちらも大事には至らなかった。

ところで、「死角 – オーバールック」には変則的に4つのバージョンが存在することが、同作のあとがきで紹介されている。邦訳された版と異なる、そのうちの一つのバージョンでは、レイチェルとボッシュがこの事件後にふたたび、非常に親密となるようすが描かれている。しかし、作者コナリーもさすがにおかしいと考え、シリーズ定本版でそれは「無かったこと」になり、「エコーパーク」のラストにおけるレイチェルの決心がひとまず尊重されたようだ。

Photo by Minnaert - Los Angeles Times Building (2008) / CC BY 3.0
Photo by Minnaert
– Los Angeles Times Building (2008) / CC BY 3.0

2009年5月、レイチェルは、二度と会うことがないはずの人物から連絡を受ける。そのころ、LAタイムズから解雇を告げられていたジャック・マカヴォイだった。1995年の「ザ・ポエット」の事件から14年が経っている。レイチェルはその長い年月の間、マカヴォイとの不適切な関係がもとで、連邦捜査官としてのキャリア上、非常に長い回り道を強いられたことを忘れるわけがない。マカヴォイとの接触を断つ状態に時効はないはずであった。ところが・・・

「レイチェル、ぼくだ。ジャックだ」(沈黙)「元気でやってるかい?」
「なぜ電話してきたの、ジャック?話をしないほうがいいだろうと話し合って決めたじゃない」
「わかってる・・・だけど、きみの手助けが必要なんだ。ぼくはやっかいな目に遭っているんだ、レイチェル」 ・・・

Hotel Nevada and Gambling Hall in Ely, Nevada
Hotel Nevada and Gambling Hall in Ely, Nevada

という、なんとも凡庸なやりとりから、再びふたりは急接近することになる。マカヴォイの危急を知ったレイチェルは、ホテル・ネバダ(Hotel Nevada and Gambling Hall)でかれと会うために、LAからネリス空軍基地まで公用機を使い、さらにヘリを飛ばしてネバダ州中央部のイーリー(Ely)まで自分を運ぶという、離れわざを実行する。少年少女向けの冒険小説さながら、といえる。

電話を受けて行動に移すまで、わずか数十分のことである。レイチェルは、われわれのような観客がまさに期待するとおりの、「ヒーローの行動」にうって出たのだ。しかし、レイチェルをよく観察してみると、強い衝動に突き動かされた気配もなく、ヒーローとしての自己酩酊も感じられない。目の前の目的としてはマカヴォイを救うため、もっと大きな目的として、いまが連邦犯罪を解明するチャンスという計算はあっただろう。

life_on-the-road-02もう一度ふりかえると、レイチェルはまず、マカヴォイのたった一本の電話で、14年間保ちつづけた絶縁という矜持をすぱっと脱ぎ捨ててしまった。そのあと、冷静と言えるかどうかわからないが、すばやく思考を回転して決断を行ない、わが身の心配をよこにおいて行動に移した。これには、手助けを頼んだマカヴォイも呆気にとられたが、われわれ読者もさすがに驚かされた。まさに、レイチェルの「自立した精神」が、最大限に発揮された瞬間だったのではないだろうか。

ただし、レイチェルが公用機やヘリを使用するためには、架空の理由づけが必要だった。そのことが後日、連邦公務員による政府資産の不正使用ということになり、彼女は直接の起訴を免れるため、FBIからの退職を余儀なくされてしまう。 しかし、マカヴォイの働きもあり、やがて事件の解決にともなって復職できた。 このように緊張感がつづく中では、ありがちとしか言いようがないが、レイチェルとマカヴォイの関係は再燃し、あとは推して知るべしの展開となる。マカヴォイがレイチェルを「野性の猫」にたとえたのは、このときであった。(スケアクロウ; The Scarecrow

Photo by https://www.flickr.com/people/22007612@N05 - Amy Adams speaking at the 2015 San Diego Comic Con International, for "Batman v Superman: Dawn of Justice", at the San Diego Convention Center in San Diego, California. (2015) / CC BY 2.0
Photo by https://www.flickr.com/people/22007612@N05 – Amy Adams speaking at the 2015 San Diego Comic Con International, for “Batman v Superman: Dawn of Justice”, at the San Diego Convention Center in San Diego, California. (2015) / CC BY 2.0

さて、レイチェル・ウォリングを体現できる女優はいったい誰だろう。筆者のイメージはいまのところ、エイミー・アダムス(Amy Lou Adams)のほかに思いつかない。いまさら説明はいらないと思うが、エイミー・アダムスは、アカデミー賞の助演、および主演女優賞に通算5回ノミネートされている実力俳優である。偶然だが、エイミー・アダムスと、筆者がエレノア・ウィッシュのイメージとして推すダイアン・レインの二人は、2013年の「マン・オブ・スティール」および2016年の続編で、それぞれスーパーマンの恋人ロイス・レイン役と、母親マーサ・ケント役で共演している。

レイチェル・ウォリング その6につづく。

死角 オーバールック (講談社文庫)スケアクロウ(上) (講談社文庫)スケアクロウ(下) (講談社文庫)