エレノア・ウィッシュ その1

ハリー・ボッシュ・シリーズの登場人物のなかで、もっとも多くの役割をこなし頻繁に露出する女性といえば、たぶんFBI捜査官のレイチェル・ウォリング(Rachel Walling)だろう。しかし、彼女の役をほかの、たとえばFBIの男性捜査官に置き換えることが可能かどうか考えてみると、不可能でないかもしれない。レイチェルの役を男性に担わせるには、作品毎に多少の筋立ての変更が必要になるだろうが、物語の骨格を大きく変えるまでは必要ないと思われる。 すこし前置きが長過ぎた。何が言いたいかというと、この物語を構成する上で、余人をもって替えることのできない主演級の女性はだれかという話だ。それはもちろん、「運命の女性」エレノア・ウィッシュ(Eleanor Wish)をおいてほかにない。

tree-03エレノアは1960年生まれで、ボッシュより10歳年下である。生誕地は明らかにされていない。旧姓はスカルラッティ(Scarletti)なので、素直に推し測ればイタリア系移民の末裔である確率が高いが、調べたところアメリカでは現在、スカルラッティは希少な姓といえそうだ。ボッシュと出会う前の彼女の家族は、父親が国防総省に勤務する職業軍人であったこと、兄マイクル(Michael Scarletti)がボッシュと同じようにベトナムに従軍したことなどが作中で紹介されるが、情報はあまり多くない。余談になるが、コナリーは自分の名前、マイクルを何人かの登場人物に与えている。エレノアの兄も、またボッシュの異母弟マイクル(ミッキー)・ハラーもその一人だ。

作品のなかでコナリーが描き出しているイメージと、読者のあいだの噂などから、エレノアの外見を勝手に想像してみたいが、よろしいだろうか。というのは読者の皆さんはふつう、主人公をはじめとする主な登場人物について、視覚イメージをそれぞれ頭の中でこしらえているものだから、である。筆者も例外でなく、とくにボッシュとエレノアについては、もし俳優を当てはめるなら誰がいちばんピッタリするだろうか、というイメージをシリーズの読み始めの頃から持ってきた。ボッシュについては、作者コナリー自身の想定も含めて、すでにあちこちで希望的キャスティングが表明されたり議論されたりしているようなので、その話題はまた別の機会に譲ることにしたい。

Nighthawks_by_Edward_Hopper_1942_Partさて、エレノアが「ナイトホークス(The Black Echo)」 に初登場のころ、というと1990年5月、彼女はおよそ30歳のはずである。女性にしては上背のあるほうだが、大女というよりも、捜査官らしくしなやかで敏捷なイメージである。身近な動物にたとえれば、ボッシュがコヨーテであるのに対し、エレノアはネコ科であろうと想像できる。髪はすこしウェーブのかかったブラウンに、ブロンドのハイライトが混じっており、そのころのスタイルは肩までのセミ・ロングだった。肌の色は現場捜査官という職業柄とラテン系のなごりから、いくらか日に焼けた濃い色の感じで、瞳はほぼ黒色。――彼女はそのような容貌の、ただ美しいからだけでなく、人を引きつける何かを持った女性捜査官として、ボッシュの眼に映ったであろう。

運命の女 [Blu-ray]コナリーが造形したエレノアを100%以上、体現する女優はどこかに存在するのかも知れないが、筆者は特別な理由もなく初めから、ダイアン・レイン(Diane Lane)のイメージを持ってきた。1984年の「ストリート・オブ・ファイヤー(Streets of Fire)」という人気映画でヒロインのロック歌手を演じ、歌は吹き替えで間に合わせながらも、女優として成功した。その後、いろいろな映画に出演し、2002年の「運命の女(Unfaithful)」でアカデミー主演女優賞にノミネートされている。内容がまったく異なる作品同士であるものの、そのタイトルが(邦題ながら)、ハリー・ボッシュにとっての「運命の女性」と偶然にも一致した。あくまで個人的解釈に過ぎないのだが、エレノアはダイアン・レインに限るという勝手な思いを筆者はいっそう強くした。

エレノア・ウィッシュ その2 につづく。