ボッシュ人物論3 どのような警察官か

ボッシュの使命であり、その遂行によって達成する本質的解決とは、そこに存在する「悪」を追いつめ、消滅させるることにほかならない。ボッシュといえども、パトロール警官時代にそこまでの考え方があったかどうかは疑わしいが、その後、経験を積み重ね、母親の未解決事件にようやく区切りをつけたころには、かれの強い信念に育っていたであろう。

Photo by Chris Yarzab - An LAPD patrol car in the North Hills (2011) / CC BY 2.0 - https://www.flickr.com/photos/chrisyarzab/5829444535
Photo by Chris Yarzab – An LAPD patrol car in the North Hills (2011) / CC BY 2.0
– https://www.flickr.com/photos/chrisyarzab/5829444535

ボッシュはなぜ私立探偵でなく、警察官になったか。冷静に考えれば、そこに存在する「悪」を追いつめるためにより有効な手段は「警察」であろう。徒手空拳の私立探偵にはできることが知れている。したがって、ボッシュが選択すべき職業は警察官である・・・とコナリーは考えたに違いない。ボッシュの強烈な使命感に照らせば、警察官しかその使命の達成手段にならないのである。

ただしかし・・・と、さらに考える。警察に入って全くの「組織の歯車」になってしまえば、どんな優秀な人物でも、できることにやはり限界が生じてしまうであろう。したがって結局、ボッシュは、警察組織のインサイダーでありながら、アウトサイダーとして自らの使命を全うしようとする人物、にならざるを得ない。

Parker Center,  LAPD
Parker Center,  LAPD

ここで、もう少し詳しく、コナリー自身に語ってもらおう。「ピアス(構想時の仮の主人公名)に対するわたしの計画はシンプルなものだった。心の師匠たちに敬意を表し、彼らが教えてくれたことを使ってわたしだけのものを作りあげたかった。チャンドラー、マクドナルド、ウォンボー、ジェイムズ・リー・パーク、ローレンス・ブロック、トマス・ハリス。彼らのキャラクターのアウトサイダーの要素と、インサイダー ―― 組織内部の人間であるキャラクターの特性を結びつけた人物を創りたかった。

ピアスはインサイダーの仕事をするアウトサイダーにしよう。彼はなにをやろうとしても、政治や役所仕事の壁に直面することになる。仕事はできるが、仕事を遂行する方法に問題がある。ときには自分が最悪の敵になってしまう。いつも孤独な任務を――トンネルでひとりきり――こなしているように感じている。たとえ、パートナーがいても強力な組織の一員であっても。たんに事件を解決するだけではなく、真の正義を求める者になる。

las-vegas_light-254078_960_720 02ピアス刑事は弾丸のように容赦なく、ひとりで行動し、心に他人を寄せつけない自力本願の一匹狼として造型しなければ。彼と使命とのあいだを塞ぐものはなにもなく、死であっても仕事の完了を思い留まらせることはできない」(「ヒエロニムス・ボッシュ」マイクル・コナリー(三角和代訳)ミステリマガジン2010年7月号より)

 ボッシュは、そこらにいる大勢の刑事と同じ、ではもちろんない。ただけして超人的ヒーローではなく、ダーティ・ハリーほどの型破りでもない。基本的な仕事スタイルは「現場重視」とか「地道な捜査」と形容でき、実際の刑事たちが行っているやり方と違わない。しかし、仕事ぶりや能力、成果という通常の項目ではかなり高いプラス評価を得ているはずだ。語感として少し違和感があるものの「敏腕刑事」と呼んでいいかも知れない。

child-698591_960_720-2しかし、周囲から見られたとき、「問題児」部分が少なからずあり、それがマイナス評価となって折角のプラスが帳消しにされてしまうのである。他人と馴れあうことを潔しとせず、組織のなかで衝突やあつれきが絶えない。事件解決のため他に選択肢が無いと思えば、組織の論理やしがらみなど一片も顧慮することなく、周りの意見など聞こうともせずに、ひたすら突っ走り、突き進む。ボッシュはそのように見られている。

コナリーは、ボッシュの基本を「インサイダーの仕事をするアウトサイダー」に敢えて設定した。アウトサイダーは、別の表現では一匹狼タイプであり、組織内で「協調性が十分でない」といったネガティブ評価を受けやすい人物となる。LAPDの上層部も当然、「お前は組織に適していない。お前がいると組織が崩壊する」といった評価を下すことになる。したがって、休職処分や左遷といった憂き目にもよく遭うことになる。

highway-216090_960_720-02人間力の観点では、「一匹狼」を堅持できる人間はそれだけで、標準的な人間よりずっとタフであることを証明している。職場でのいやがらせや、孤立無縁といった程度のストレスには慣れている。ボッシュは、前項で述べた通り、もともと強烈なトラウマを持ち、逆にそれをバネとするさらに強力な使命感で自らを支えているからである。しかし、かれの周りでは、大半の人間がそこまで承知していない。

ただ、そういうボッシュも全くの孤立無援ではない。かれの能力に敬意を示し、あるいはどことなく共感し、支援する者もそれほど多くはないにせよ、必ず現れるのである。また、事件の犠牲者となってしまった最も弱き人々の魂は、墓の下からボッシュに感謝しているはずだ。そのことを忘れてはならない。

コナリーは次のようにも述べている。「目標は、読者がどの点から見ても愛着を覚えることは不可能で、それどころか読者が反発を覚えることを実行できる人物造型だった。だが、最後には、わたしの刑事は読者が自分や家族が死体安置所のステンレス台に横たわることになったとしたら、事件を担当してほしいと願うような刑事となっていた」(「ヒエロニムス・ボッシュ」マイクル・コナリー(三角和代訳)ミステリマガジン2010年7月号より) まさに同感である。

ボッシュ人物論(4)につづく(別途出稿予定)。

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投稿者: heartbeat

管理人の”Heartbeat”(=心拍という意味)です。私の心臓はときおり3連打したり、ちょっと休んだりする不整脈です。60代前半。夫婦ふたり暮らし。ストレスの多かった長年の会社勤めをやめ、自由業の身。今まで「趣味は読書」といい続けてきた延長線で、現在・未来の「同好の士」に向けたサイトづくりを思い立ちました。どうぞよろしくお願いします。