「シティ・オブ・ボーンズ(City of Bones)」でボッシュは、ジャズの楽しみを共有できる女性と知り合う。自宅のコレクションから彼女に聞かせるCDを選ぶボッシュ。「・・・ラックへ近づくと〈カインド・オブ・ブルー〉を抜き出した。ステレオにセットする。『ビルとマイルスだ』ボッシュは言った。『コルトレーンやほか何人かはさておくとして、最高の一枚だ』 ・・・」 ―― Miles Davis, “Kind of Blue”(CD)
そのあと、曲やCDの特定はないが、クリフォード・ブラウンが2つのシーンで流される。「・・・50年近くまえに、このトランペット奏者はほんの数枚のレコードを残し、自動車事故で亡くなった。ボッシュは失われたすべての音楽に思いを馳せた。地中の幼い骨と失われたものに思いを馳せた。そして自分自身と自分が失ったものに思いを馳せた ・・・」 ―― Clifford Brown, “Memorial Album +8″(CD)
数日後、彼女の家でディナーを用意するふたり。「・・・(ボッシュは)ビル・エヴァンス・トリオがニューヨークのヴィレッジ・ヴァンガードで演ったライブCDを選んだ。自宅にもこのCDがあり、ディナーにはうってつけだとわかっていた・・・」 ―― Bill Evans Trio, “Turn Out the Stars: The Final Village Vanguard Recordings june 1980″(Box set)
ふたりが大人らしく洗練されたデートを続けるあいだ、平穏な時間がゆるやかに流れる。しかし、それほどに優しい物語がどこまで続くものだろうか。読者はやがて、始まったころの高揚感が、どこか落ち着かない気分へと変化しつつあることに気づくだろう。・・・物語においては、不幸なことに、そうした漠然とした不安感がよく的中するものだ。このあと、予期していなかった悲劇が訪れる。
さて、ストーリーの終盤近くでは、ふたたび《カインド・オブ・ブルー》が流れ、本作のテーマであることが理解される。コナリーは、作品のなかに音楽を挿入することが、ただ単に好きというだけではないであろう。初期の作品からこのあたりまでを振り返ると、マルチメディアを駆使した立体的な作品づくりを一貫して志向してきたとわかる。具体的には、たとえば作品の映像化に備えて、サウンドトラックの素案を盛り込んでいるのかも知れない。