ボッシュ・シリーズと音楽 その9

ハリー・ボッシュはいちど警察をやめた。その時期のエピソードが「暗く聖なる夜(Lost Light)」で描かれている。時間的に少し余裕のできたボッシュは、ジャズ・ミュージシャンだったクエンティン・マッキンジー(Quentin “Sugar Ray McK” McKinzie)から週2回、サックスのレッスンを受けるようになった。

jazz-artist-708010_960_720-2 かれらが最初に出会ったのはベトナム戦争の最中で、1969年のクリスマスに行われたボブ・ホープ・ツアーでの演奏がかれらを結びつけ、のちにLAでマッキンジー愛用のサックスが盗まれる事件があり、ボッシュがそれを取り戻していた。そのように度重なる縁から生まれたレッスンであったが、ペッパーと共演した経験をもつマッキンジーはボッシュに、ペッパーの演奏をよく聴き、研究するよう指示していた。

ある朝、元同僚がボッシュの自宅を訪ねる少し前・・・「アート・ペッパーが《ユード・ビー・ソー・ナイス・トゥ・カム・ホーム・トゥ》の演奏をはじめた。ジャック・シェルドンのトランペットとの共演だった。(中略)ペッパーはこの曲に攻撃し、その臓腑をえぐりとっている。そうするのがペッパーの知る唯一の演奏方法であり、その容赦のなさがペッパーのいちばん好きなところだ・・・」 と、ボッシュ自身の批評が語られる。

Hollywood All Star Sessions訪問者を迎え入れたボッシュ。「・・・手を伸ばして、音楽の音量を落としたが、それほど落としたわけじゃなかった。いまかかっている曲を気に入っていた。(中略)ペッパーがリー・コニッツをともなって、クラリネットで《いそしぎ》を奏でている・・・」 訪問者も足を止めて聞き惚れてしまう。

そのあと、「・・・ライダー(訪問者)が伝言を伝えようとしているのと、いまかかっている曲との偶然に、わたしは思わずほほ笑みそうになった。曲は、《ハイ・ジンゴ》で、ペッパーがまたコニッツと共演していた・・・」 訪問者は、事件に関わらないようボッシュに警告に来ていたのである。「ハイ・ジンゴ」とは、「ほーら、出てくる」といった感じで、あぶない事件、自分の立場が危うくなるような事件に出くわしたさいにベテラン刑事が使う言葉であった。 ―― Art Pepper with Jack Sheldon, Lee Konitz and others: “You’d Be So Nice To Come Home To”, “The Shadow of Your Smile” and “High Jingo” in “Hollywood All Star Sessions”(Box set)

ザ・リターン・オブ・アート・ペッパーうえで紹介した Box set は入手しにくいかも知れない。そこで、”You’d Be So Nice …”は含まれないが、気心の知れたアート・ペッパーとジャック・シェルドンが共演した名盤といえばこれになるだろう。 ―― Art Pepper with Jack Sheldon, “The Return Of Art Pepper”

Mood Indigo暗く聖なる夜」では、マッキンジーから受けるレッスンの様子が数ページにわたって描かれている。「・・・いつもレッスンの最初は、ジョージ・ケイブルスの曲、《ララバイ》の演奏ではじまる。わたしがフランク・モーガンのCDではじめて聞いた曲だ。スローバラードで、わたしにも演奏するのは易しかった。だが、同時に美しい作品でもある。いつ聞いても、哀しく、安定していて、精神を高揚させてくれる・・・」  ―― Frank Morgan, “Lullaby” in “Mood Indigo”(CD)

Coltrane (Reis) (Rstr) (Dig)異色の師弟によるレッスン場面が、終わりに近づく。「・・・われわれは話をし、わたしはさらに15分間、練習した。コルトレーンのスタンダード、《ソウル・アイズ》に無謀な試みをした・・・」 ―― John Coltrane, “Soul Eyes” in “Coltrane”(CD)

 

ハリー・ボッシュ・シリーズは、多くの作品が音楽に彩られ、ときに音楽自体がテーマやモチーフとなっていることが大きな特徴だが、この「暗く聖なる夜」はその最たる作品の一つである。同作で使われている音楽はボリュームがあり過ぎ、一回の記事で紹介しきれなくなってしまったので、残りは次回とさせていただく。

ボッシュ・シリーズと音楽 その10へつづく。

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投稿者: heartbeat

管理人の"Heartbeat"(=心拍という意味)です。私の心臓はときおり3連打したり、ちょっと休んだりする不整脈です。60代前半。夫婦ふたり暮らし。ストレスの多かった長年の会社勤めをやめ、自由業の身。今まで「趣味は読書」といい続けてきた延長線で、現在・未来の「同好の士」に向けたサイトづくりを思い立ちました。どうぞよろしくお願いします。