「終結者たち(The Closers)」は、警察小説で一つの頂点を示したと評価されるなど、シリーズの中では、型破り色を抑えた正統派というか、硬めの内容になっている。おそらくその雰囲気を反映するため、音楽の使われ方もどちらかといえば地味な印象だ。
忙しかった一日を終え、自宅に戻ってステレオをオンにするボッシュ。「・・・すぐにデッキにつないでいるスピーカーからボズ・スキャッグスの声が聞こえてきた。ボズは、《フォア・オール・ウィ・ノー》を歌っていた。その歌は、はるか下方のフリーウェイの立てる控えめな音と競い合っていた ・・・」 ―― Boz Scaggs, “For All We Know” in “But Beautiful Standards”(CD)
捜査の終盤。ふたたび自宅に戻ったボッシュは休息もそこそに、徹夜で調べものに取り組む決意をする。「・・・コーヒーメーカーのスイッチを入れ、5分間シャワーを浴び、殺人調書の読み返しにとりかかった。《カインド・オブ・ブルー》のリマスター版をCDプレーヤーにかける・・・」その15分後に予期していなかった来訪者があり、《フレディ・フリーローダー》の途中で中断される。 ―― Miles Davis, “Freddie Freeloader” in ” Kind of Blue”(CD)
次作のタイトルになった「エコー・パーク(Echo Park)」は、事件の発端となった場所である。LAダウンタウンの北、ドジャー・スタジアムの西側一帯にあり、長いあいだ貧困地区だったが最近になって再開発が進んでいる。ボッシュは現場調査に赴く。
スタジアムの南隣はチャベス渓谷(Chavez Ravine)と呼ばれる浅い谷の地区で、かつてメキシコ系コミュニティがあったが取り壊され、最終的にスタジアムの一部になったという謂れを持つ。コナリーはそのエピソードを、ボッシュの音楽嗜好を借りて、やや強引に挿入している。
「近頃、ボッシュはライ・クーダーのCD、《チャベス・ラヴィーン》をよく聴いている。ジャズではなかったが、問題ない。独自のジャズ感覚がある。《おれにはただの仕事さ》というタイトルの歌が気に入っていた。貧しい人々の住まう小屋を潰しに峡谷へやってきて、そのことに疚しさを覚えないようにしているブルドーザー運転手を歌った哀歌だった」 ―― Ry Cooder, “It’s Just Work For Me” in “Chávez Ravine”(CD)
この事件ではFBIのレイチェルがボッシュを助け、ふたりは旧知の間柄だが、ここにきて急速に親密さを増す。ボッシュの自宅で音楽・ワイン付きの食事をとりながら、作戦会議を行なうふたり。何という余裕か。「この音楽はいいわね。だれなの?」と訊くレイチェル。「おれはこれを”箱の中の奇跡”と呼んでいる。カーネギー・ホールでのジョン・コルトレーンとセロニアス・モンクの共演だ。このコンサートは、1957年に録音され、そのテープは保管庫のなんの印もついていない箱のなかに50年近くほったらかしにされていた・・・」と、有名になった逸話を披露するボッシュ。 ―― Thelonious Monk with John Coltrane, “Evidence” in “Thelonious Monk Quartet with John Coltrane at Carnegie Hall”(CD)
ある問題が起こり自宅待機となったボッシュだが、気力が衰えることはなく、徹底的に捜査ファイルにあたる。そのようなときでも、ジャズはかれの頭を冴えさせる効果を持つようだ。「・・・ステレオのところに戻り、傑作をかけた。《カインド・オブ・ブルー》だ。これを聞くといつもかならず気力が湧いてくる。《オール・ブルース》がシャッフル演奏で最初の曲としてかかった。最低賭け金25ドルという高額テーブルで、ブラックジャックを引き当てたようなものだ・・・」 ―― Miles Davis, “All Blues” in “Kind of Blue”(CD) 前作につづく登場。
ボッシュは逃亡していた殺人犯を追いつめ、首尾よく仕留める。ここで、警察小説らしい一曲が紹介される。ハリウッドのはずれに非番警官が毎夜つどうバーがあり、その店のジュークボックスには20年間変わらず、ザ・クラッシュの《おれは法と戦った》を入れたままにしてあった。もし自分がそこに行けば、とボッシュは想像する。「”おれは法と戦ったけど、法側が勝った・・・”。ボッシュは、全員がそのコーラス部分を歌うのが聞こえてくるような気がした」 ――The Clash, “I Fought The Law” in ” The Clash(白い暴動)”(CD)