刑事弁護士ミッキー・ハラーが主人公として活躍する作品は、今回取り上げる「証言拒否 リンカーン弁護士(The Fifth Witness)」で4作目となり、ボッシュ・シリーズの単発的なスピン・オフから完全に卒業し、立派なミッキー・ハラー・シリーズとなっている。そのハラーの音楽テーマは本来、ヒップホップのはずだが、今回はどこにもそれらしき楽曲が使われていない。かれの嗜好は一向に定まらず、あっちへ行ったり、こっちに来たり、という感じだ。
ハラーの弁護チームは厳しい戦いを強いられており、自らの士気を絶えず鼓舞していないとならない。その目的にかなった音楽は、数年前の「終結者たち(The Closers)」の中でハリー・ボッシュがよく聴いていたライ・クーダーだった。「・・・自分がそこになにを入れていたのか忘れていたが、すぐにその曲がライ・クーダーの歌う《ティアドロップス・ウィル・フォール》だとわかった。彼のアンソロジー・ディスクに入っている1960年代の古典的名曲のカバーだった。すてきな曲であり、ふさわしい曲だった。失われた愛と置き去りにされたことを歌った曲だ」 ―― Ry Cooder, “Teardrops Will Fall” in ” Into the Purple Valley”(CD)
続けて、「弁護チームは準備を整えており、いつでも出撃できた。(中略)クーダーは、いま、《プアマンのシャングリラ》を歌っていた。住民から取り上げられ、跡地にドジャー・スタジアムが建設されるまえの共同住宅チャベス・ラヴィーンにいたUFOと宇宙人のことを題材にした曲だった。
What’s that sound? What’s that light
Streaking down through the night?
わたしはロハスに音量を上げるように言った。後部座席の窓を下げ、風と音楽を自分の髪と耳に吹きかけさせた。
UFO got a radio.
Lil’ Julian singing soft and low.
Los Angeles down below.
DJ says, we got to go.
To El Monte, El Monte, pa El Monte.
Na na na na na, living in a poor man’s Shangri-La. 」
―― Ry Cooder, “Poor Man’s Shangri-La” in “Chávez Ravine”(CD)
ハラーはまた、裁判における立証過程をクラッシクの楽曲の進行によくたとえるのだが、今回は相手である検察側の演出をラヴェルの《ボレロ》になぞらえている。「それからきみが心しておくべきなのは、山は証人が加わるごとに険しくなっていくということだ。《ボレロ》という曲を知ってるかい?(中略) 『テン』のボー・デレクが主演した映画に使われていた曲だ(『ボレロ/愛欲の日々』: 日本未発売) (中略)最初はほんの少しの静かな楽器だけでゆっくりとはじまり、徐々に勢いを募らせていき、最後はオーケストラのすべての楽器がいっせいに音を奏でる大団円で終わる。それと並行して聴衆の感情は募っていき、同時にひとつになる。あの検察官が裁判でやっているのはそれだ・・・」 ―― Maurice Ravel, “Boléro” in “Ravel – Bolero, Claudio Abbado / London Symphony Orchestra”(CD)
ハラーは2人の暴漢に襲われて負傷するが、あとで捕まえ、誰に雇われたかを白状させた。その黒幕に向かって、「・・・マック兄弟(暴漢)は、ソニー・ボノとシェールみたいに歌いはじめる心構えができていた。その歌は《I Got You Babe》(あんたの負けだ、ベイビー)だ。おれはあんたを裸同然にした。(中略)あんたは4年間くらいこむ羽目になるだろうな・・・」 ―― Sonny and Cher、”I Got You Babe” in “I Got You Babe”(CD)
弁護チームは裁判に勝利した。ハラーはリンカーンの後部座席にいる。そのとき、電話がかかってきて・・・、「ロハスに音楽を止めるように伝え――最新のエリック・クラプトンのアルバムの《ジャッジメント・デイ》という曲だった――わたしは電話に出た」 かけてきたのは元妻のマギーだった。「やったの?」 ―― Eric Clapton, “Judgement Day” in “Clapton”(CD)