1995年2月、デンヴァー市警察殺人課の刑事であるショーン・マカヴォイが変死した。自殺とされた兄の死に、双子の弟で新聞記者のジャック・マカヴォイ(Jack McEvoy)は疑問を抱いた。調べを進めると、全米各地で、殺人課刑事が同様の変死を遂げていることが明らかになる。FBIは謎の連続殺人犯を「詩人」(ザ・ポエット;The Poet)と名付けた。犯人は、現場にかならず文豪エドガー・アラン・ポオの詩の一節を書き残していたからだ。捜査チームへの同行を許されたジャックは、正体不明の犯人に少しずつ迫っていく。
「詩人」は、捜査が開始されたことを察知し、大胆にもFBIに挑戦状を送って、次の犯罪を予告する。一方、捜査の内情がロサンジェルス・タイムズに報道されたことから、捜査官らは機密漏洩に神経をとがらせる。FBI内部に内通者がいるのか。捜査に協力するジャックは、真犯人を追い詰めたと確信したのだが・・・。本作は、ボッシュ・シリーズからだいぶ離れたようなサイコ・サスペンスだが、コナリー世界の拡大・深化を予感させる傑作となった。
「コナリー初のノンシリーズ長篇。ジャックと犯人らしき謎の人物という二つの視点が交互にストーリーを語る形式を取る。どんでん返しの連発で読者を翻弄しながら、実犯人の正体を示す伏線を配していく技量の確かさは著者ならでは。また、ボッシュを主人公に据えると、本作のプロットが成立しなくなることにも要注目だ。その意味で、この作品はまさにジャックのための物語なのである」(三門優祐氏)
ハリー・ボッシュ・シリーズを軌道に乗せることに成功したコナリーは、ジャーナリストであった13年間の自らの職業経験についても、小説作品に投影したかったのに違いない。解説の関口苑生氏は、そのあたりの機微について、次のように紹介している。
「現在はすでに閉鎖されてしまったが、インターネットのコナリーのホーム・ページに、自分とマカヴォイとの類似点を述べたインタビューが掲示されたことがある。
『主人公である事件記者の暮らしの細かい点というか、大部分はわたし自身の体験――人間の暮らしの中で、最も心傷つく体験をもとにして書きました。感情的に燃え尽きてしまう前に、すべてにおいてシニカルになってしまう前に私は仕事を辞めた。そういうふうに燃え尽きてしまった記者や警官を何人もこの目で見てきたからです。これはジャック・マカヴォイについても言えることです。彼は挫折した〈作家〉で、記者という職にあまりにも長くいすぎたんです。現実の記者たちはジャックと違って、新聞社から新聞社へ、街から街へと渡り歩くことで自分に活力を与えようとしています』
しかし、ジャックの場合は(同時にハリー・ボッシュもまたそうだが)、組織の中にいながら周囲からはアウトサイダーと見られており、結局のところワンマン・アーミーでもあった。慎重でありながら気高く、人と深く関わることを警戒しながら、最後まで闘うことをやめようとはしない」
本作はこの時点でノン・シリーズ作品だが、のちにボッシュの事件と複雑に交錯することもあるため、将来の時点から見ればボッシュ・シリーズのスピンオフ作品と言えなくもない。初登場の記者マカヴォイは、本作で主人公を務めたこのあとも、「夜より暗き闇(A Darkness More Than Night)」と「真鍮の評決 リンカーン弁護士(The Brass Verdict)」の2作に脇役で登場し、その次の「スケアクロウ(The Scarecrow)」では再び主人公として難事件に立ち向かうことになる。
本作でマカヴォイとタッグを組んだFBI捜査官レイチェル・ウォリング(Rachel Walling)は、このあと数多くのシリーズ、ノン・シリーズに登場し、自由奔放、縦横無尽に活躍する。かなり先だが、マカヴォイともう一度タッグを組むことになる。
また、本作「ザ・ポエット」ではすべての謎が解明したわけではない。読者は、本作の実質的な後篇となる「天使と罪の街(The Narrows)」において めくるめくようなプロットの大展開を楽しんでいただきたい。間違っても、逆の順番で読んではいけません。
なお本作は、1997年度アンソニー賞、1997年度ネロ・ウルフ賞、ディリス・ウィン賞、マーロー賞(ドイツ)、ミステリ批評家賞 (フランス)などの各賞を獲得している。