ボッシュの履歴書(8) ひとときの居場所

1996年1月、ボッシュは18ヶ月の強制休職処分を終え、ハリウッド署盗犯課に復帰。その後9月1日に同署殺人課にもどってきた。ボッシュ46歳。こんどの上司はグレイス・ビレッツ(Grace Billets)警部補、その名前を聞いただけで何となく良さそうな人物という印象を抱く。ビレッツは、3名編成の捜査チームの一つをボッシュに任せる。「トランク・ミュージック(Trunk Music)」(シリーズ第5作)。

LA_hollywood-682851_960_720-02チーム・リーダー、ボッシュのもとにやって来たのは、以前コンビを組んでいたジェリー・エドガー(Jerry “Jed” Edgar)と、若手の女性刑事キズミン・ライダー(Kizmin “Kiz” Rider)。二人とも仕事に情熱を持ち、ボッシュに対して控えめだが素直にリスペクトするところがある。

つまり、シリーズも第5作となり、それまで得られなかった良好な職場環境が、やっとボッシュにも与えられたのだ。前作まで一人きりで任務をこなしながら、「自分はなにものか」を探し求めてきた、孤独の中の孤独な主人公。彼にはもそろそろホッとする場所が必要ではないか。そこが「ひとときの居場所」に過ぎないとしても。

ボッシュはハリウッド署の心地よい環境で仕事を進めるが、あまり楽過ぎては話がつまらなくなるとコナリーも思ってか、次々と捜査の障碍があらわになっていく。FBIに加え、LAPD組織犯罪捜査課(OCID, Organized Crime Intelligence Division)が捜査に横やりを入れたり、あのアーヴィングやIADなどの有象無象、さらに極めつけの無法警官などが、これでもかと登場する。

本作のラストで、ふたりはハワイに
本作のラストで、ふたりはハワイに

さて、「ひとときの居場所」には、もう一つ大事な意味を込めたつもりである。ボッシュが、事件のさなか、「運命の女性」、エレノア・ウイツシュと再会し、結婚するのである。

「処女作『ナイトホークス』で印象的なヒロイン役を演じ、ボッシュの心の奥底にまでとどくしこりを残した女性です。彼の「運命の女性」ともいえる彼女の存在感は、これまでの作品のヒロインたちのことごとくを顔色なからしめるほどです」(岩田清美氏; 「トランク・ミュージック」解説より)

 

ボッシュの履歴書(9)につづく。

トランク・ミュージック〈上〉 (扶桑社ミステリー)トランク・ミュージック〈下〉 (扶桑社ミステリー)

More from my site

  • ブラックボックス The Black Box その2ブラックボックス The Black Box その2 シリーズを読み通してこられた読者ならよくご承知の通り、ハリー・ボッシュの周辺では公私を問わず、というか公私が錯綜するかたちで、多くの女性が現れては去り、また現れては去っていくとい […]
  • 燃える部屋 The Burning Room その2燃える部屋 The Burning Room その2 前の記事では、ボッシュとロサンジェルス(LA)の特別な関係、それにもとづくボッシュ独自の捜査スタイルなどについて、筆者なりの注目点を述べてみた。もうすこし関連事例をピック […]
  • レイチェル・ウォリング その1レイチェル・ウォリング その1 ハリー・ボッシュは「独りきりで生きる男」だが、その一方で、独りでは達成できない使命を自ら定めるという矛盾を抱えている。ボッシュが使命を全うするには、誰かがかれの足りない部 […]
  • ボッシュの履歴書(11) 警察をやめる!?ボッシュの履歴書(11) 警察をやめる!? 2001年9月11日、同時多発テロが発生。この歴史的な大事件以降、FBIの権限は拡大され、LAPDなど各地の警察もテロ対策を強化していく。 2002年1月、犬がくわえてきた […]
  • チェイシング・リリー Chasing The Dimeチェイシング・リリー Chasing The Dime 本作の主人公ヘンリー・ピアスは、ナノテク化学者で、ベンチャー企業の代表も務めている。かれの引越先の新しい電話に、「リリーはいるか?」という間違い電話が次々にかかってきた。リリーは […]
  • 贖罪の街 The Crossing その2贖罪の街 The Crossing その2 さて、ボッシュが本気になって調査を開始するなり、ストーリーは、ページを繰る手を休ませることなくアップテンポで進行していく。本作の一つの特徴として、プロローグで早くも謎めいた”悪” […]

投稿者: heartbeat

管理人の"Heartbeat"(=心拍という意味)です。私の心臓はときおり3連打したり、ちょっと休んだりする不整脈です。60代半ば。夫婦ふたり暮らし。ストレスの多かった長年の会社勤めをやめ、自由業の身。今まで「趣味は読書」といい続けてきた延長線で、現在・未来の「同好の士」に向けたサイトづくりを思い立ちました。どうぞよろしくお願いします。