LAPDはボッシュのホームグラウンドであり、普通の職場感覚でいえば、ボッシュの心安まる居場所であってほしい。しかし実態は、「争闘の場」とまでは言わないが、ボッシュにとって何かとストレスの多い場所になっている。
1994年1月、ロサンジェルス地震が発生し、ボッシュの自宅も被害を受ける(「ボッシュ、地震で自宅が半壊」を参照)。地震とは関係ないが、そのしばらく後ボッシュは、ある事件の重要参考人の扱いをめぐるトラブルから、上司のハーヴェイ・パウンズ(Harvey “Ninety-Eight” Pounds)警部補につかみかかってしまう。「ラスト・コヨーテ(The Last Coyote)」の発端である。
ボッシュは、ダーティ・ハリーのような硬派のアクション・ヒーローではない。それゆえ、ハードボイルド小説として激しいアクションや暴力シーンを期待する向きは、少々裏切られるだろう。そんなボッシュが最低男のパウンズをビビらせる場面は、珍しくハードボイルドの雰囲気を醸し出している。
この一件で、何よりボッシュ自身が気を晴らしただけでなく、ファンもいくらか痛快さのボーナスをもらったような気分ではある。しかし、ボッシュは上司に暴行を働いたことで、強制休職処分となってしまう。
ボッシュは、復職の条件として、精神分析医のカーメン・イノーホス(Carmen Hinojos)のカウンセリングを受ける。その様子はボッシュとイノーホス、ふたりの静かな対話として丁寧に描かれており、ファンにとってはボッシュの心のうちを知る重要な場面といえるかも知れない。
ボッシュは、また、この期間を利用して、ずっと心の片隅に残っていた33年前の母親殺害事件を調べる。このことによって、ボッシュがそれまで、「自分はなにものであるのか」を探し続けてきた旅にひとつの区切りがつけられる。このような、すべての状況において頑張っているボッシュに拍手を贈りたい。
なお、1995年2月、のちに全米を震撼させる「ザ・ポエット(The Poet)」の事件が、ボッシュとはまだ関わりのないところで、ノン・シリーズとして描かれる。新聞記者ジャック・マカヴォイ(Jack McEvoy)とFBI捜査官レイチェル・ウォリング(Rachel Walling)が初登場している。