コナリーの語る、エルロイとの関係

ハリー・ボッシュの生い立ちの物語を執筆するにあたって、コナリーは、ジェイムズ・エルロイ(James Ellroy)から多大なインスピレーションを得た。というよりも、エルロイの人生そのものをオマージュとして作品を書こうと決心した。非常に興味深い情報であり、その経緯について、コナリー自身が詳しく語っているので、以下に紹介させていただく。

Boy_sunset-1097625_960_720「・・・1987年だった。わたしがロサンジェルスにやってきた年のことだ。この年はジェイムズ・エルロイの小説『ブラック・ダリア(Black Dahlia)』が発表された年でもあることは特筆すべきだ。この本には感銘を受けたが、当時は本の内容よりも著者の生い立ちに強い関心を覚えた。地元の雑誌にあった略歴で読んだのだが、エルロイの母は彼がまだ子どもだった頃に殺されていた。人生を激変させた犯罪や多くの個人的な葛藤を乗り越え、『ブラック・ダリア』とこれに先立つ一連の小説を執筆するほど彼は力強く闘った。

その心理状態には興味が尽きなかった。自分なりの素人考えでは、エルロイは特に女性の犠牲者のために復讐し、殺人事件を解決する刑事たちの話を執筆することで、母の死によって受けたどんなダメージも相殺しているように思えた。

boy_police-1005116__180同じ心理状態をピアス(註:主人公の仮名)にあてはめることにした。エルロイと似たような生い立ちを彼に与えた。ピアスが幼い頃に母は殺害される。父の顔を知らないために、この事件はただひとり彼を愛してくれた親を奪うだけではなく、里親や公立の青少年養護施設の世界へピアス少年を追いやることになる。少年はそうした生い立ちに負けずに生き延び、ベトナムで男になる。そこでの仕事はトンネルに潜り、敵を探すことだ。ベトナムからもどった彼は、またもや重荷を扱う組織に参加する。警察だ。兵士は刑事になり、殺人事件を解決することで母のかたきを繰り返しうつのだ――特に女性の。

そこがこのキャラクターの要だ。心に抱える幼い頃のトラウマによってこの刑事は駆りたてられる。この一面があれば、彼が手がける事件はどれも仕事ではなく、個人的な領域に踏み込むものになるだろう。

ミステリマガジン 2010年 07月号 [雑誌]エルロイの生い立ちをわたしのフィクションの刑事に拝借した頃、彼と面識はなかった。だが、何年かして、わたしの刑事に長年解決されていない母の殺人を捜査させる小説を執筆することにしたときに、エルロイに手紙を書いた。物語のアイデアを説明した。エルロイが彼の母の未解決殺人事件についてノンフィクションを書くつもりであるとわかっていた。こちらの小説はあまりにも個人的な事情への侵害にならないだろうかと訊ねた。エル口イの返答は、数週間後に深夜の電話という形でやってきた。『残念ながら、わたしは殺された母のフランチャイズをやっていなくてね』彼は言った。『君の本の健闘を祈るよ』」(マイクル・コナリー; 「ヒエロニムス・ボッシュ」三角和代氏訳、ミステリマガジン2010年7月号より)

 

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投稿者: heartbeat

管理人の"Heartbeat"(=心拍という意味)です。私の心臓はときおり3連打したり、ちょっと休んだりする不整脈です。60代半ば。夫婦ふたり暮らし。ストレスの多かった長年の会社勤めをやめ、自由業の身。今まで「趣味は読書」といい続けてきた延長線で、現在・未来の「同好の士」に向けたサイトづくりを思い立ちました。どうぞよろしくお願いします。