ヒエロニムス・ボッシュ(Hieronymus Bosch、1450-1516)は中世フランドルの画家である(日本では「ボッシュ」を「ボス」と表記することもある)。本稿では画家ボッシュと表して、刑事ボッシュと区別している。
画家ボッシュの生涯は不明な点も多いが、画名の由来となったス・ヘルトーヘンボス(デン・ボス)で一生の大半を過ごし、街のキリスト教友愛団体である「聖母マリア兄弟会」に所属して、絵画を制作していたとされる。当時スペインのフェリペ2世がボッシュの絵画を愛好したため、傑作の多くは現在、マドリードのプラド美術館に残されている。
聖書関連の寓話が主たるモチーフとされるが、シュルレアリスムを思わせるような幻想的で怪異な作風は明らかに他と一線を画しており、作品それぞれの主題や制作意図も謎に満ちている。
とくに有名な「快楽の園」は三連の祭壇画である。向かって左のパネルに、キリストの姿を取った神がアダムにイブを娶わせた「エデンの園」が描かれている。中央パネルが現世と考えられる「快楽の園」であり、一種異様な雰囲気のなかで無数の裸の男女が様々な快楽に耽っており、その背景には奇妙な生物とも無生物ともつかない物体が置かれている。
右のパネルが「地獄」である。胴体が卵の殻になっている男、人間を丸呑みにしてはすぐ排泄してしまう怪鳥、その他何とも名づけようのない奇怪なイメージで満たされて、その背景は爆発炎上する街のシルエットである。
ハリー・ボッシュは母親が送ってよこしたこの絵の複製画を永く持っており、かれの自宅の廊下に掛かっているのを、訪れたエレノア・ウィッシュが見つめる場面がある(「ナイトホークス; The Black Echo」)。また、それよりはるか以前、ボシュの実父のオフィスにも同じ複製画が掛かっていた。その事実は、物語のずっと後ろの方で意外な人物から明かされることになる(「真鍮の評決 リンカーン弁護士; The Brass Verdict」)。
なお、ハリー・ボッシュ・シリーズ第7作、「夜より暗き闇(A Darkness More Than Night)」の文庫カバーは、画家ボッシュの代表作の一つ「最後の審判」をとり入れており、本シリーズのなかで最も凝ったデザインとなっているので、そちらにも注目してほしい。
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投稿者: heartbeat
管理人の"Heartbeat"(=心拍という意味)です。私の心臓はときおり3連打したり、ちょっと休んだりする不整脈です。60代半ば。夫婦ふたり暮らし。ストレスの多かった長年の会社勤めをやめ、自由業の身。今まで「趣味は読書」といい続けてきた延長線で、現在・未来の「同好の士」に向けたサイトづくりを思い立ちました。どうぞよろしくお願いします。
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