ロサンジェルスは「第2の主人公」

「わたしはロサンジェルスに行ったことはありませんでしたが、チャンドラーの小説をとおして大いに興味をそそられました。ロサンジェルスという街がわたしを惹きつけたのです」(「マイクル・コナリーのチャンドラー論」 ミステリマガジン1999年3月号、門倉洗太郎氏訳)

「5000キロ近く離れた、わたしの文学のヒーローたち――レイモンド・チャンドラー、ロス・マクドナルド、ジョゼフ・ウォンボーの土地。これから書こうという小説もわたしの旅の舞台もロサンジエルスにするべきだという確信があった」(「ヒエロニムス・ボッシュ」マイクル・コナリー(三角和代氏訳)ミステリマガジン2010年7月号より)

コナリーのロサンジェルス(LA)に対する執着は半端ではない。30歳のときに、作家に転進するための最後のチャレンジを自らに課した。それからが面白いのだが、まず真っ先に、小説の舞台をロサンジェルス(LA)に決めてしまった。そのためには実際のLAをもっとよく知らねばならず、当面の生業であるジャーナリストとしての仕事場もLAに移す必要があった。かれとしては自信もあったのだろうが、履歴書を「LAタイムス」に送り見事に採用される。1987年のことだ。

Los Angeles Downtown
Los Angeles Downtown

コナリーは、それから5年ほどで、本シリーズの第1作「ナイトホークス」を上梓し、以後はとんとん拍子にシリーズ化を実現していくのだが、その作品群の中で公約通り(というか自分への約束通りに)、ロサンジェルスという都市自体を、第二の主人公であるかのように徹底的に描き込んでいく。それらのうちの、ほんの一例を紹介してみたい。

「空は漂泊したジーンズの色をしており、空気は目に見えないものの、澄んでおり、新鮮なグリーン・ペッパーのにおいがした。だけど、長くはつづかない、とボッシュは思う。おれたちは不浄のなかへまいもどるんだ」(「ナイトホークス」より)

ice-plant
ice-plant

「ボツシュは遠回りをして丘陵をくだっていくことにした。マルホランド・ドライブと交差するまでウッドロー・ウイルスン・ドライブをとおり、そこからニコラス・キャニオン・ロードのつづら折りの道路をくだる。青い藤の花やすみれ色のアイスプラントで覆われた丘のながめが好きだった」(「ブラックアイス」より)

「USCは、メモリアル・コロシアムを取り巻くぶっそうな周辺のなかに位置している。だが、いったん校門をくぐり、キャンパスにはいれば、サンタカタリナ島のような田園風景に見えた」(「ブラックハート」より)

coyote
coyote

「ボッシュはロウレル・キャニオン大通りを左に折れ、曲がりくねった道路をたどって、丘をのぼっていった。マルホランドの交差点で、赤信号に止められ、青になったら右折しようと左手からくる車をチェックしようとしたとき、ボッシュは凍りついた。道路の左路肩にある涸れ谷(アロヨ)の茂みのなかから、一匹のコヨーテが姿を現し、交差点をおずおずと見回したのだ。ほかに通っている車はなかった。ボッシュだけがそのコヨーテを見ていた」(「ラスト・コヨーテ」)

「スタジオの外壁は、パウダー・ブルーに塗られ、白い雲が点々と浮かんでいた。本物の空がスモッグで茶色くなりすぎているときの屋外撮影用に使われる壁だった」(「トランク・ミュージック」より)

The Bradbury building
The Bradbury building

「ブラッドベリ・ビルディングはダウンタウンの寸足らずの宝石だった。建てられたのは一世紀以上前で、その美しさは古びているものの、ガラスと御影石の高層ビルが見目麗しい子供を囲んでいる猛々しい護衛集団のようにその建物を小さく見せている現在でも、ほかのピルよりもずっと輝き、ずっと耐久性を有していた。装飾線とつや消しタイルの表面は人と自然双方に晒され、耐えてきた」(「エンジェルズ・フライト」より)

The J. Paul Getty Musium
The J. Paul Getty Musium

「サンディエゴ・フリーウェイ(405号線)が上りになって、セプルヴェーダ・パスでサンタモニカ山脈を横切ろうとしているところにさしかかると、ゲティ美術館が正面の丘の上に見えた。美術館の建物自体、内部に収容されている偉大な美術品に劣らず印象的だった。中世の丘の上に建つ城のようだ。二両編成の列車(トラム)がゆっくりと丘をのぼっていき、歴史と芸術の祭壇へあらたな一団を運んでいくのを目にした」 (「夜より暗き闇」より)

Santa Monica Mountains
Santa Monica Mountains

「そこでフリーウェイをおり、山脈の峰に沿って西へ進んだ。マリブの向こうに陽が落ち、空を赤く染めあげるのを眺める。太陽が沈みかけると、陽光が鉢状のヴァレーに溜まったスモッグに反射して、まばゆいオレンジ色やピンク色や紫色に染めあげることがままあった。今宵の空はなめらかなオレンジ色に白い条(すじ)が薄くまじっていた」 (「暗く聖なる夜」より)

A portion of the four-part mural at the Los Angeles Central Library
A portion of the four-part mural at the Los Angeles Central Library

「ダウンタウンの図書館はフィフス・ストリートとグランド・アベニューの角にある。この街のなかでも最古の建物のひとつだ。それゆえ、周囲の現代的なガラスと鋼鉄の建造物に囲まれていると小さく見えた。内部は、丸天井のある円形建物に集中した美しい建築物で、スペイン人神父たちによるこの街の街造りの様子を描いたモザイク壁画がぐるりと内壁を一周していた。(中略)子供のころを除くと、それがはじめての訪問だった。それ以来、何度となくやってきている。わたしの記憶にあるロサンジェルスに近づかせてくれる場所なのだ」(「暗く聖なる夜」より)

The Pacific Design Center in West Hollywood
The Pacific Design Center in West Hollywood

「窓からは、保安官事務所の建物の向こうにパシフィック・デザイン・センターが見えた。地元では、青いクジラと呼ばれていろ建物で、特定の角度から見ると、その青いファサードが、海から突きだしているザトウクジラの尾のように見えるためその名がついていた」(「暗く聖なる夜」より)

 

os Angeles Uniion stationTicket Lobby
Los Angeles Uniion stationTicket Lobby
Los Angeles Union station
Los Angeles Union station

「彼らは正面ファサードに描かれたモザイク画の下で待っていた。天使のような服装をして、空を見上げ、天国を待ち受けている人々を描いた絵だった」(「終結者たち」より)

「ガラス扉を抜け、広いコンコースに入った。三階建てのアーチがその先の広大な待合所につづいている。じっくり眺めて、ボッシュは以前にここによくきていたとき、煙草を吸うためだけではなく、ほんの少し自分を恢復させるためでもあったことを思いだした。ユニオン駅へいくことは、教会を訪れることと似ていた。この駅は、意匠と機能と市民の誇り、それぞれの優雅な線がすべて交わっている、大聖堂だった。中央の待合所では、旅行客の声が背の高いがらんどうの空間に立ちのぼり、物憂い聖歌隊の歌声に変貌を遂げていた」(「終結者たち」より)

「エコー湖を通り過ぎる際に、〈湖の貴婦人〉として知られている像を目にした。銃を突きつけられているかのようにてのひらをひらいて両手を掲げて、目の前の睡蓮を眺めている女性像だ」(「エコー・パーク」より)

LAに行くなら、自由旅行で行くアメリカ /H.I.S.にお任せ!

More from my site

投稿者: heartbeat

管理人の"Heartbeat"(=心拍という意味)です。私の心臓はときおり3連打したり、ちょっと休んだりする不整脈です。60代前半。夫婦ふたり暮らし。ストレスの多かった長年の会社勤めをやめ、自由業の身。今まで「趣味は読書」といい続けてきた延長線で、現在・未来の「同好の士」に向けたサイトづくりを思い立ちました。どうぞよろしくお願いします。