FBI テリー・マッケイレブとの全軌跡

1989年、「ドールメーカー事件」のすこし前、ハリー・ボッシュと、テリー・マッケイレブ(Terrell “Terry” McCaleb)はある事件で初めて出会った。その事件とは、身元不明の少女が全裸死体で発見された「シエロ・アズル(Cielo Azul)事件」である。ボッシュは当時FBIの心理分析官だったマッケイレブに捜査協力を求めた。その経緯は、「ジャーロ」2001年秋号に訳載のコナリーの短篇、「空の青(Cielo Azul)」で語られている。

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このときマッケイレブは、かれの仕事柄いつも同じことをするのだが、ボッシュの人物を次のように分類した。すなわちボッシュは、「使命に生きる男であり、復讐する天使」(a Man on a Mission and an Avenging Angel)であると。ボッシュは、自分の仕事を通して求道者のように何かを探し求めており、事件の犠牲者と自分自身を同一視する傾向がある、といった意味である。

わが心臓の痛み〈上〉 (扶桑社ミステリー)わが心臓の痛み〈下〉 (扶桑社ミステリー)その9年後、1998年4月のマッケイレブが大奮闘する事件(わが心臓の痛み;Blood Work)で、ボッシュは通行人程度であるが登場する。ところで、これはボッシュ・シリーズのスピンアウト(外伝)作品であり、マッケイレブが主人公である。

2001年1月、「わが心臓の痛み」からおよそ3年後、「夜より暗き闇(A Darkness More Than Night)」の事件が起こる。ボッシュとFBIを引退したマッケイレブ、ふたりの軌跡がここで本格的にクロスオーバーする。驚くべきことに、マッケイレブがボッシュに殺人容疑をかけるのである。

夜より暗き闇(下) (講談社文庫)夜より暗き闇(上) (講談社文庫)元心理分析官のマッケイレブは、ある猟奇的な殺人事件への捜査協力を依頼された。かれは被害者と因縁のあったボッシュを、何と容疑者としてリストアップする。マッケイレブが旧知のボッシュのもとを訪れると、ボッシュは別の殺人事件の捜査官であり、かつ全米が注目するその裁判の重要証人でもあった。その後、この2つのプロット、捜査と裁判がスリリングに絡み合っていく。

マッケイレブは、ボッシュの危うく不安定な内面を容赦なく暴いていき、読者もマッケイレブの目を通して、はじめてボッシュを客観視することになる。「深淵を覗く者」に対して「自分が怪物とならぬよう気をつけなくてはならぬ」という、あのニーチェの警句が、ついに現実の問題と化したような戦慄を覚えるのである。ニーチェとの関連については、「ヒエロニムス・ボッシュ」の秘密2を参照。

天使と罪の街(上) (講談社文庫)天使と罪の街(下) (講談社文庫)2004年4月、上記の事件解決から再び3年、平穏な引退生活を送っていたはずのマッケイレブが、不審な死を遂げた。「天使と罪の街(The Narrows)」の冒頭、そのころ既にLAPDを辞め私立探偵となっていたボッシュは未亡人からの依頼を受け、マッケイレブの遺した手掛かりに導かれて調査を進めていく。その行く手には何と、FBIがかつて取り逃がした連続殺人犯、「詩人(ポエット)」の陰が・・・。ボッシュは、マッケイレブの身にふりかかった事件を追い、やがてシリーズ最大の未解決な「悪」に迫っていく。

「ザ・ポエット(The Poet)」についてはこちら。

またボッシュの物語には、この事件解決を通して重要な進展もあった。「導入部で死に至るマッケイレブだが、彼が『娘の瞳の中に見出したもの』はボッシュに継承され、作品のテーマともなっている。彼らは深淵を覗いても、そこに捕らわれないための拠り所を手に入れたのだ」(小齊将裕氏)

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投稿者: heartbeat

管理人の"Heartbeat"(=心拍という意味)です。私の心臓はときおり3連打したり、ちょっと休んだりする不整脈です。60代半ば。夫婦ふたり暮らし。ストレスの多かった長年の会社勤めをやめ、自由業の身。今まで「趣味は読書」といい続けてきた延長線で、現在・未来の「同好の士」に向けたサイトづくりを思い立ちました。どうぞよろしくお願いします。