エレノア・ウィッシュとハリー・ボッシュが思いがけず再会し、結婚してからおよそ3年が経っていた。エレノアは、しかし、その間に新しい仕事を見つけることができず、平凡な日常に倦み、しだいに落ち着きを失っていたと思われる。その頃の彼女は、ハリウッド・パーク(Hollywood Park Casino)のカード・ルームで日々を過ごすようになっていた。(エンジェルズ・フライト; Angeles Flight)
1999年4月、人権派の黒人弁護士ハワード・エライアスの殺人事件が起こり、ボッシュはその捜査に忙殺されてしまう。人種問題がからみ、街が不穏な空気に覆われていることも、エレノアの関心の外にあった。彼女はとうとうLAを離れ、ラスヴェガスに戻ることを決心する。「しばらく離れてみようと思うの。いろいろ考えごとをするために・・・」 ボッシュに電話でそう伝えた。ボッシュは起こっていることを理解できないが、受け入れるほかなかった。
エレノアは自ら、ボッシュとの結婚を終わらせることにした。3年足らずの結婚生活を短いと思うか、それを破綻と呼ぶべきか、どちらにどう責任があるか、といったゴシップ的な関心はすべて的外れであろう。たとえてみれば、2つの白熱する恒星が接近し、渦上に回転したのち遠心力で離れていったようなものだ。エレノアの潔さと、ボッシュの苦悩がともに深く沁みわたる。このとき、彼女は妊娠していたが、ボッシュに知らせていなかった。
エレノアが娘のマディ(マデリン; Madeline “Maddie” Bosch)をボッシュに会わせる機会は、それから3年と少し後にやってくる。2002年の10月、ボッシュが私的にある事件を調査しているとき、エレノアは彼に見つけられ訪問を受ける。このとき彼女は財政的に十分自立しており、レクサスを運転し、素敵な家でメイドを毎日雇うような暮らしぶりだった。彼女は、ポーカーのワールドシリーズの参加資格を得たことをボッシュに告げる。(暗く聖なる夜; Lost Light)
エレノアはしかし、簡単には娘を会わせない。ボッシュの視点に立つ読者も、そのことを知らない。ふたりははじめ、空港で待ち合わせる。ボッシュはある意図から、エレノアに彼自身のクレジットカードを使うようにと言って渡し、そのままLAに引き返してしまう。そのときボッシュが教えた暗証番号は0613(結婚記念日)であり、エレノアも彼のいじらしさに気づかざるを得ない。数日後、ふたたび空港で会い、こんどはベラージオ(Bellagio)て一夜を過ごすのだが、エレノアは彼をひとりカジノに残して去ってしまう。そして、3度目の訪問で、彼女はとうとうボッシュに、娘のマディを紹介した。なんど読んでも目頭が熱くなってしまう、心に残る名シーンだ。