さて、少しだけ本題に触れておこう。レイチェル・ウォリングは1995年に、「詩人」(ザ・ポエット;The Poet)と呼ばれる謎の連続殺人犯を、ロバート・バッカスらと共に追跡した。「詩人」は全米各地で殺人課刑事を殺し、それを自殺のように見せかけ、かつ現場にエドガー・アラン・ポオの詩の一節をかならず書き残していた。それでFBIは、連続殺人犯を「詩人」と名付けていたのである。レイチェルが取り組んでいた警官の自殺の研究が重要になっていた。
このとき、レイチェルは新聞記者のジャック・マカヴォイ(Jack McEvoy)と出会い、まもなく親しくなった。マカヴォイの双子の兄はデンヴァーの刑事で、その年の2月に変死を遂げており、彼もまた疑念を抱いていたのである。バッカス、レイチェルにマカヴォイが加わり、「詩人」の次のターゲットがLAPDの刑事であると読んだかれらは、LAに向かう。手に汗にぎる追跡ののち、あと一歩のところまで迫ったのだが・・・。(ザ・ポエット;The Poet)
「詩人」に逃走を許したという事件の顛末はFBIにとって耐え難いものであり、スケープゴートが必要とされていた。レイチェルは「詩人」を識別するなど大きな功績もあったのだが、マカヴォイとプロフェッショナル同士らしからぬ関係を築いたという事実がアダとなり、懲戒処分の対象となってしまう。彼女は、ノースダコタ州にある人口わずか4万人の郡都マイノット(Minot)に左遷された。またさらに、1998年には、似たような田舎の、サウスダコタ州ラピッド・シティー(Rapid City)に再び飛ばされてしまうのである。
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1995年の逃走から9年という潜伏期間を経た2004年、「詩人」がおどろくべき方法を用いて、再び姿を現わそうとしていた。じつは、潜伏と考えられていた間もおとなしくしていたわけではなく、アムステルダムなどのヨーロッパの都市に「詩人」の爪痕と覚しきものが残されていたのだった。
レイチェルは、カリフォルニア州とネバダ州の州境に近い、ザイジックス(Zzyzx)という辺鄙なところに招喚された。”Hello Rachel.”というラベル付きの、とある座標が入力されたGPSリーダーがレイチェル気付でクォンティコに送られてきた。そして、その座標がザイジックスからほど近い、モハーベ砂漠の一地点を示していたからである。「詩人」らしい、込み入った仕掛けと言えた。彼女こそ「詩人」の専門家であり、特別な関係者であったことから、オブザーバーとして捜査に参加するよう招かれたのだった。(天使と罪の街;The Narrows)
そのすこし前、平穏な引退生活を送っていたはずのテリー・マッケイレブが、不審な死に遭遇していた。レイチェルが「詩人」の影を追跡しはじめたとき、マッケイレブの死を調査していたハリー・ボッシュと”偶然にも”顔を合わせる。ここに至って読者は、3本の糸、記者マカヴォイを含めれば4本の糸がついに絡み合い出したことを知る。「一枚の布」の完成時期が、いよいよそこまでやって来たのだ。
レイチェル・ウォリングはついに「詩人」と決着をつけ、そのことが当然、彼女の人生においても一大転機となり、長く苦しかった最悪の不遇時期に終止符をうつことに成功する。彼女を遠くから見守ってきたわれわれも、ようやくホッとできるというわけである。なお、レイチェルとボッシュはこの事件が終わったあとも、さまざまな事件の捜査を通じ、主には仕事関連だがそれ以外の範囲も含めて、断続的に関係をつくっていくことになる。