リアルタイムの大河小説 その1

主人公が年を取らない小説シリーズは数多くあるが、本シリーズは主人公ハリー・ボッシュがリアルタイムで年を重ねていく物語である。刊行開始は1992年。1950年生まれのボッシュはその時点ですでに42歳となっていた。それ以前の人生を知るには、かれ自身の回想life_enjoy-the-freedom-1431563に耳を傾けるしかないが、本になって以降は、現実の時間とほぼ並行して物語が進行し、いまや何と20数年が経過している。

この間、飽きもせずついて来た読者にとっては、大げさにいえば、ボッシュの人生が読者自身の人生に組み込まれてしまったような状態であり、もうこれを容易に放り出すことはできない。1992年以前のボッシュの過去にしても、かれの誕生、幼少年期から青壮年期にかけての内面形成を含め、人物の成長や変化が非常に詳らかにかつ執拗に語られる。そのため熱心な読者は、実在する親友のごとくにボッシュを知り、愛してしまうのだ。

ボッシュは2010年に60歳となった。いくら頑健でもそろそろ体力の限界がくるのではないかと身を按じていたが、その後もどうやら刑事を続け、難事件を解決してくれているようなので、読者は一応ひと安心といったところだ。ボッシュの年齢がなぜ気になるかというと、ボッlife_river-1520849シュは筆者より3歳上のほぼ同世代である。ちなみに作者コナリーは筆者の3歳下で、主人公と作者がともに同世代という親近感がある。

本シリーズを読み込んだ読者ならば、これは大河小説であると感じるだろう。ただ、過去の一時代を描いたよくある大河小説とは形式が異なっている。創作上の主人公ボッシュは、いま現在の時代を、読者とともに同時進行で生きている。ボッシュの物語は1992年のシリーズ発刊以来、読者の人生と並走するかたちでリアルタイムに進行してきたのであり、まだ書かれていないが、これから先も進行していく。歴史大河小説やSF大河小説とは一味も二味も違う、リアルタイムの大河小説なのである。

ただし、リアルタイムといっても、ニュースのようなわけにはいかない。作者コナリーの準備を含めた執筆時間、古沢嘉通さんが翻訳に要する時間、およびその他諸々の要因でタイムラグを生じることは、読者として我慢しなければならない。そこで、次作が出るまで少し心配とlife_days-end-1392672なったりするが、またそのようにして待たされる時間が無類の楽しみともなる。本シリーズには、いったん読み出したら投げ出せない、麻薬のような作用がある。

麻薬に似ているからではないが、リアルタイムの大河小説として、ハリー・ボッシュ・シリーズを最大限に楽しむためには、いくつかのルールや制約事項が生じる。すでに多くの先輩読者から指摘されていることであるが、本シリーズは派生的なノン・シリーズを含めて、できるだけ発表順に読んだほうがよいとされている。かくいう筆者も、第3作「ブラックハート」から読み始めてすぐに過ちに気付き、あわてて第1作「ナイトホークス」に戻ったのであった。

リアルタイムの大河小説 その2 につづく。

ナイトホークス〈上〉 (扶桑社ミステリー)ナイトホークス〈下〉 (扶桑社ミステリー)

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投稿者: heartbeat

管理人の"Heartbeat"(=心拍という意味)です。私の心臓はときおり3連打したり、ちょっと休んだりする不整脈です。60代半ば。夫婦ふたり暮らし。ストレスの多かった長年の会社勤めをやめ、自由業の身。今まで「趣味は読書」といい続けてきた延長線で、現在・未来の「同好の士」に向けたサイトづくりを思い立ちました。どうぞよろしくお願いします。