ボッシュ・シリーズと音楽 その16《付録》

Amsterdam

チェット・ベイカー (ジョン・ハーヴェイ作、古沢嘉通訳)

ホテルの部屋からアムステル川越しに
運河を自転車で駆けている少女を眺める
少女は片手を上げて振る
少女がほほ笑んだとき、彼は昔に戻る
ハリウッドのプロデューサーたちがこぞって
彼の人生をほろ苦い物語に変えてしまいたがったあのころに。
ひどい失敗を繰り返し、ただピア・アンジェリと
キャロル・リンレイとナタリー・ウッドとの恋だけがあった。
五二年の秋のあの日、彼はスタジオにふらっと入ってきて
「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」の曲のなかで、
あの完壁な旋律を演奏した ――
そしていま、窓と過ぎ去っていく少女のほほ笑みから
顔を起こし、完壁な空の青を見上げたとき
彼は知る。いまこそ、ほんとうに空を飛べる
めったにない日であることを。

Photo by Jeroen Coert – Plaquette van Roman Zunk aan de gevel van hotel Prins Hendrik te Amsterdam. Gemaakt naar een pasteltekening van Bert de Jong (2005) / CC BY 3.0

“Chet Baker”  by John Harvey

looks out from his hotel room
across the Amstel to the girl
cycling by the canal who lifts
her hand and waves and when
she smiles he is back in times
when every Hollywood producer
wanted to turn his life
into the bitter-sweet story
where he falls badly, but only
in love with Pier Angeli,
Carol Lynley, Natalie Wood;
that day he strolled into the studio,
fall of fifty-two, and played
those perfect lines across
the chords of My Funny Valentine –
and now when he looks up from
his window and her passing smile
into the blue of a perfect sky
he knows this is one of those
rare days when he can truly fly.

(From “Bluer Than This”)

My Funny Valentine―― Chet Baker, My Funny Valentine in “My Funny Valentine” (CD)

 

 

More from my site

  • 「ヒエロニムス・ボッシュ」の秘密 2「ヒエロニムス・ボッシュ」の秘密 2 さらに、コナリーは言う。 「執筆しているのは、日夜人間の深淵に引きずられ、仕事によって混沌とその結果の風景を隅々まで引きまわされる男の話。人間のなかに巣くう恐ろしい悪魔に立 […]
  • ボッシュ・シリーズと音楽 その5ボッシュ・シリーズと音楽 その5 シリーズのスピンオフ作品の中で、ボッシュと最もつながりの深いテリー・マッケイレブが鮮烈に初登場した「わが心臓の痛み(Blood […]
  • ボッシュ・シリーズと音楽 その16ボッシュ・シリーズと音楽 その16 香港での事件(ナイン・ドラゴンズ)から2年、ハリー・ボッシュはウッドロー・ウィルソン・ドライブの自宅で、ひとり娘マディと共に暮らしている。60歳という年齢の山を越え、現場に出る仕 […]
  • ボッシュの履歴書(12) 私立探偵ボッシュの履歴書(12) 私立探偵 2002年10月、LAPDを退職し、私立探偵となったボッシュ52歳。かつて銃弾に倒れ車椅子の生活を送る元同僚からの電話を受け、ボッシュは、かれ自身にとっても悔いの残る未解 […]
  • リアルタイムの大河小説 その1リアルタイムの大河小説 その1 主人公が年を取らない小説シリーズは数多くあるが、本シリーズは主人公ハリー・ボッシュがリアルタイムで年を重ねていく物語である。刊行開始は1992年。1950年生まれのボッシュはその […]
  • ボッシュ・シリーズと音楽 その12ボッシュ・シリーズと音楽 その12 今回は、ジャズやスタンダードでなく、ヒップホップの特別篇となりそうだ。ハリー・ボッシュにはフランク・モーガンの《ララバイ》というテーマ曲があるが、この記事で最後に紹介する《LAで […]

投稿者: heartbeat

管理人の"Heartbeat"(=心拍という意味)です。私の心臓はときおり3連打したり、ちょっと休んだりする不整脈です。60代半ば。夫婦ふたり暮らし。ストレスの多かった長年の会社勤めをやめ、自由業の身。今まで「趣味は読書」といい続けてきた延長線で、現在・未来の「同好の士」に向けたサイトづくりを思い立ちました。どうぞよろしくお願いします。