ボッシュ・シリーズと音楽 その6

The Bradbury building
The Bradbury building

次に紹介する「エンジェルズ・フライト(Angeles Flight)」は、めずらしく音楽の使われ方が少ない。その代わりというわけでもないだろうが、事件の起こった現場であり作品タイトルにもなった伝統的なケーブルカー(およびその駅)と、ブラッドベリー・ビルディングという、LAダウンタウンの2つのランドマークが登場して楽しませてくれる。

Photo by Luke Jones - Staircases and atrium interior of the Bradbury Building, Downtown Los Angeles (2008) / CC BY 2.0
Photo by Luke Jones – Staircases and atrium interior of the Bradbury Building, Downtown Los Angeles (2008) / CC BY 2.0

後者は1893年に建てられ、アメリカの歴史登録財や国指定歴史建造物にもなっているネオ・ゴシック建築のビルであり、映画「ブレード・ランナー(Blade Runner)」のロケに使われたのでご存知の方も多いだろう。ハリー・ボッシュもなぜか、ミステリアスな魅力のあるこのビルがお気に入りのようだ。さて、ボッシュらは、被害者である弁護士の事務所がよく知られたこのビルのテナントであったため、そこを訪れた。

Barber's Adagio「一行は建物のアナトリウムに入り、みな、自然と天井を見上げた。自然とそうなるのがこの場所の美しさというものだった。頭上のアナトリウムの明かり採りは、夜明けの紫色や灰色に包まれていた。隠されたスピーカーからクラシック音楽が流れている。どこか不気味で物悲しい音楽だったが、ボッシュには何の曲だかわからなかった。『バーバーのアダージョよ』・・・」 ―― Samuel Barber, “Adagio for Strings” in “Barber’s Adagio”(CD)  ―― これは、バーバーの「弦楽のためのアダージョ」を8種類の多彩な演奏で聞き比べできる異色盤だ。「これだ」と思える好みの演奏が見つかるだろう。

Mood Indigo同作では、シリーズでおなじみの、あの曲がまた使われている。逮捕された同僚刑事の家族のもとに向かうボッシュ。「・・・自分で選曲・録音した自家製カセットテープがあったので、カーステレオにかけた。とくに気に入っているサクソフォーンの曲が入っていた。テープを早送りして、お目当ての曲を見つけた。フランク・モーガンの《ララバイ》だ。甘く、ソウルフルな葬送曲に思えた・・・」 ―― Frank Morgan, “Lullaby” in “Mood Indigo”(CD)

うえの2曲では如何にもさみしいので、コナリーの意欲的なスピンオフ作品「バッドラック・ムーン(Void Moon)」から併せて紹介しよう。仮釈放中の身で、いまは自動車販売店に勤務しているヒロインのキャシー・ブラックは、あることが原因でから憂鬱な思いに沈んだまま、商売用のポルシェ・ボクスターを運転していた。

Seven Year Ache「ラジオを聞いた。古い歌が流れてきた。ロザンヌ・キャッシュが7年間の痛みについて歌っている。そうよ、とキャシーは思った。ロザンヌは自分で言ってることがわかってるわ。7年間ね。でも、7年後に何が起こるのか、この歌は何も言ってくれないわ。痛みはなくなってしまうのかしら?そうは思えなかった」 ―― Roseanne Cash, “Seven Year Ache” in “”Seven Year Ache”(CD)

Car Wheels on a Gravel Roadキャシーは仮釈放のルールを破り、LAを出てラスヴェガスに向かう ・・・「カーステレオにルシンダ・ウィリアムズのCDを入れて、ドライヴのあいだ何度も何度も聞いた。(中略)それらの歌の荒くれ男風の雰囲気や、歌手がそれぞれの歌に込めた何かを捜し求める感じが好きだった。そのうちの一曲が鳴るたびに、キャシーは泣いた。別れた恋人が死ぬために、レイク・チャールズに戻ったという歌だった。

天使があなたの耳にささやいてくれたかしら?
あなたの体を抱いて恐れを消してくれたかしら?
あなたが死んでゆくときに 」

―― Lucinda Williams, “Lake Charles” in “Car Wheels on a Gravel Road”(CD)

裏の顔を持つ私立探偵ジャック・カーチは、キャシーの仲間を車の中から見張っていた・・・「《サマー・ウィンド》という曲だった。いつもカーチを楽しませてくれる。《シナトラ・ベスト・ヒット》のCDでその曲が終わるたびに、もう一度聞かなくては気がすまなかった。すべていい曲だが、《サマー・ウィンド》に匹敵するものはない。一流中の一流だ。シナトラのように」

Nothing But the Bestカーチはキャシーの娘を里親のところから誘拐した。車のミラーでうしろを見ると、異変に反応して通りに飛び出した女が叫んでいる。後部座席の娘に気づかれてはいけない ・・・「彼はすぐにボタンを押して、ステレオをかけた。(中略)ステレオがその声を掻き消した。フランク・シナトラが《ザッツ・サイフ》(それが人生さ)を歌っている」 ―― Frank Sinatra, “Summer Wind”and “That’s Life” in ” Nothing But the Best”(CD)

ボッシュ・シリーズと音楽 その7につづく。

More from my site

  • ボッシュの履歴書(8) ひとときの居場所ボッシュの履歴書(8) ひとときの居場所 1996年1月、ボッシュは18ヶ月の強制休職処分を終え、ハリウッド署盗犯課に復帰。その後9月1日に同署殺人課にもどってきた。ボッシュ46歳。こんどの上司はグレイス・ビレッツ(Gr […]
  • シティ・オブ・ボーンズ City of Bonesシティ・オブ・ボーンズ City of Bones 本作では、2002年1月の事件と、ボッシュが重大な転機にいたる経緯が描かれていく。丘陵地帯の森から、戻った犬がくわえてきたのは幼い少年の腕の骨だった。鑑定の結果、少年は生前に日常 […]
  • ボッシュの履歴書(12) 私立探偵ボッシュの履歴書(12) 私立探偵 2002年10月、LAPDを退職し、私立探偵となったボッシュ52歳。かつて銃弾に倒れ車椅子の生活を送る元同僚からの電話を受け、ボッシュは、かれ自身にとっても悔いの残る未解 […]
  • エレノア・ウィッシュ その2エレノア・ウィッシュ その2 エレノア・ウィッシュは一度結婚し、ボッシュと出会う何年か前に離婚していたとされる。彼女は離婚後も、旧姓のスカルラッティ(Scarletti)に戻らず、元夫の姓(Wish)を名乗り […]
  • ボッシュの履歴書(5) 警察内部の確執ボッシュの履歴書(5) 警察内部の確執 ボッシュは、左遷された先のハリウッド署でも、「追い討ち」のような目にあわされる。どんな組織にもあることだが、協調性が足りないといった評価が少しでも成されると、その対象者には「あい […]
  • ボッシュ・シリーズと音楽 その5ボッシュ・シリーズと音楽 その5 シリーズのスピンオフ作品の中で、ボッシュと最もつながりの深いテリー・マッケイレブが鮮烈に初登場した「わが心臓の痛み(Blood […]

投稿者: heartbeat

管理人の"Heartbeat"(=心拍という意味)です。私の心臓はときおり3連打したり、ちょっと休んだりする不整脈です。60代半ば。夫婦ふたり暮らし。ストレスの多かった長年の会社勤めをやめ、自由業の身。今まで「趣味は読書」といい続けてきた延長線で、現在・未来の「同好の士」に向けたサイトづくりを思い立ちました。どうぞよろしくお願いします。