レイチェル・ウォリング その2

prison-01-2レイチェル・ウォリングは、クォンティコでさまざまなプロジェクトに取り組み、経験を積んだ。その一つは彼女自身の父親の死を踏まえた、警察官の自殺についての研究であった。また別のプロジェクトでは、VICAPのデータベースを拡充する目的で、収監されている殺人犯らのインタビューに取り組むというものだった。この2つのプロジェクトは両方とも、VICAPの初期段階から長く携わっていたロバート・バッカス(Robert Backus, Jr.)の指揮や指導の下で実施された。

prison-02-2「羊たちの沈黙」では、一訓練生にすぎないクラリスが、あのモンスターのハンニバルに単独で接見するといった常識では考えられないシーンがあった。そこでコナリーは、トマス・ハリスから、ヒロインvs収監中の殺人犯という状況設定そのものを拝借しながらも、指導教官バッカスの存在を強調してリアリティを持たせた。同時に、さらにひとひねりを加えて、その教官を重要人物に格上げしてしまった。あとは作品で確認していただきたい。レイチェルの半生をつらぬく物語が、バッカスと出会った時点から怒涛のように加速していったことを。(ザ・ポエット;The Poet

Terry McCaleb
Terry McCaleb

レイチェルはまた、クォンティコ時代に、先輩であるテリー・マッケイレブと一緒にいくつかの仕事を担当した。実はマッケイレブは、彼女よりも早くバッカスの薫陶を受けた一番弟子であり、彼女の席次はそれより下という関係であった。この事実は、のちのち重大な意味を持つことになる(天使と罪の街;The Narrows)。コナリー作品のプロットは、一作で完結を見ることもあるが、数作品や数年をかけてようやく大団円ということもあるのだ。

つまり、いまレイチェルの視点で紡がれている独立した一本の糸は、やがてマッケイレブや、ボッシュの糸とも絡み合うようになり、何年も後になってようやく「一枚の布」として全貌を現わすことになる。読者の諸姉諸兄におかれては、まちがっても完成した「布」から見ようとしてはいけない。ボッシュの第一作「ナイトホークス」と同じように、レイチェルのデビュー作(ザ・ポエット)は、他のレイチェル登場作品よりも必ず先に読まれるべきなのである。

レイチェルは、クォンティコで一時、仕事のパートナーだったゴードン・ソーソンと恋愛関係になり、まもなく結婚し、それから15ヶ月後に離婚した。これはあまり重要なエピソードとして語られてはいない。ソーソンには悪いが、要するに、「恋多き女・レイチェル」が片鱗を見せはじめたという、お披露目のような感じがしないでもない。一時的なパートナーとも時間をかけずに親しくなれる彼女の才能は、このあと随所で発揮されることになる。ハリー・ボッシュも、彼女の本領を目の当たりにする一人だ。

free-02-2レイチェル・ウォリングは、エレノア・ウィッシュと同様に、強い自立心の持ち主であることは間違いない。ただ、対人関係においては、エレノアがどちらかというと守り重視の保守的な性格であるのに対し、レイチェルの場合は、他人との距離を一定に保とうとするのでなく、こちらの方から一歩も二歩もぐっと距離を詰めていく性格、とでも言えばよいであろうか。世間的な評価においては「自由で奔放な人」かも知れないが、単なる奔放さとは少し異なる、その裏にどことなく「気骨」や「反骨心」のようなものが見え隠れしているような、そんな気がするのは筆者だけだろうか。

さて、レイチェルとソーソンは離婚後も同じ場所で働き続けるのだが、お互いにあまり居心地のいいものではなく、ふたりは、自分たちのどちらかをクォンティコから異動させようと試みる。そして、しばらくあとに、それが思わぬかたちで実現することになる。

レイチェル・ウォリング その3につづく。

ザ・ポエット〈上〉 (扶桑社ミステリー)ザ・ポエット〈下〉 (扶桑社ミステリー)

 

 

 

 

天使と罪の街(上) (講談社文庫)天使と罪の街(下) (講談社文庫)

 

 

 

 

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投稿者: heartbeat

管理人の"Heartbeat"(=心拍という意味)です。私の心臓はときおり3連打したり、ちょっと休んだりする不整脈です。60代半ば。夫婦ふたり暮らし。ストレスの多かった長年の会社勤めをやめ、自由業の身。今まで「趣味は読書」といい続けてきた延長線で、現在・未来の「同好の士」に向けたサイトづくりを思い立ちました。どうぞよろしくお願いします。