ヒロイン、キャシー・ブラックは仮釈放中の元窃盗犯である。現在は自動車のディーラーとして働いているが、ある理由により大金を得る必要に迫られ、昔の仲間から仕事を受けて、ふたたび犯罪に手を染めることになる。ターゲットはプロのギャンブラーであり、実行場所であるラスヴェガスのカジノは、くしくも彼女が最愛の男性を失い、自分が逮捕されるはめになった場所であった。
計画は順調に進むかのように見えたが、ある出来事から歯車が狂い始め・・、そのとき空には「不吉な月(Void Moon)」が・・・。命がけで盗んだ大金は、マフィアがらみの危ない代物だった。裏の顔を持つ私立探偵ジャック・カーチが登場し、事件の始末を依頼される。関係者4人が惨殺され、ついに魔手はキャシーの最愛の人物にまで及ぶ。ラスヴェガスの美しい夜景を舞台に息詰まる死闘が始まった。
「これまでは追う側の人々の葛藤を描いてきたコナリーが、本書では追われる側の物語を鮮やかに描いてみせる。キャシー、カーチ、グリマルディの三つ巴の編しあいはスリル満点。クライムノヴェルも書けることを見事に証明してみせた著者の異色作にして意欲作だ」(釘嶋欽太氏)
「コナリーが本書のアイディアを思いついた経緯はこうだ。LAのサンセット・ストリップにあるホテルに出没ずる泥棒がいるという話をLA市警の刑事に聞いたこと。サイン会で知り合った郵政公社の捜査員に招かれて、ラス・ヴェガスで催された全国警察会議に出席したこと。1997年に娘が生まれたこと。読者に同情されるような女性の犯罪者を主人公にすることは、コナリーにとって新しい挑戦だった」(木村仁良氏の解説より)
コナリーは個性的な主役級人物を次々に創造し、ハリー・ボッシュ・シリーズの平行世界を拡大している。本作で躍動する美しくタフなアウトサイダー、キャシー・ブラックもそんなニュー・ヒロインのひとりである。コナリー作品の中で、彼・彼女たちが堂々と競演してみせたり、ときおりチョイ役で出会ったりするところは、ファンとしてはたまらなく面白い。本作には、ボッシュもそのチョイ役で登場している。
また、たとえば「夜より暗き闇」のラスト近くで、本作の登場人物がその後どうなったか、なんてことも起こる。ただ、その程度でもよいが、魅力的なキャシー・ブラックには将来、ボッシュ作品にもう少し本格的なゲスト出演を果たしてほしいというのが、ファンとしての願望であろう。
なお本作では、「トランク・ミュージック」のジョン・アイヴァースン刑事が、私立探偵に内部情報を売る悪徳警官として再登場するほか、同じく「トランク・ミュージック」に出ていた犯罪組織の顔役ジョーイ・マークスの役割が言及されている。