ボッシュ・シリーズと音楽 その10

今回は、前回で紹介し残した「暗く聖なる夜(Lost Light)」のつづきと、併せて、次作の「天使と罪の街(The Narrows)」から音楽を紹介していきたい。

いうまでもないが、邦題の「暗く聖なる夜」はオリジナル・タイトル”Lost Light”の意訳ではなく、ルイ・アームストロングの「この素晴らしき世界 (What a Wonderful World)」の一節から、”The Dark Sacred Night”を切り出して、採用したものである。作中では、ある重要なシーンで切々と歌われ、ハリー・ボッシュの心を痛撃する。実際に読んで味わっていただくしかない部分なので、ここではこれ以上の説明を避けたいと思う。

I see skies of blue and clouds of white
The bright blessed day, the dark sacred night
And I think to myself what a wonderful world.

What a Wonderful World上のシーンから物語をさらに進めると、ボッシュが「運命の女性」エレノア・ウィッシュとやりとりする場面になり、再会を約束するところで同曲がふたたび印象的に流れる。そこに本作のテーマが示唆されていると、読者はいやでも気づかざるを得ない。この場面はまた、シリーズ屈指というべき、感動のラストへの伏線ともなっており、コナリーのうまさ・巧みさが際立っていることにあらためて感心してしまうだろう。 ―― Louis Armstrong, “What a Wonderful World” in “What a Wonderful World”(CD)

ある夜、ボッシュはアルト・サックスの師匠であるマッキンジーを、ユニバーサル・スタジオの近くにあるジャズクラブ、「ベイクトポテト(The Baked Potato)」に連れ出す。マッキンジーは車椅子の生活を余儀なくされ、軽度の認知症でもあった。最初の出演者のあとで船をこぎだしたマッキンジーを施設に連れて帰ると、かれは出かけたことさえ忘れてしまっている。

Lush Life: Music of Billy Strayhorn しかしボッシュとの別れ際、マッキンジーは、かれらが聴いた最後の演奏曲がビリー・ストレイホーンの《ラッシュ・ライフ》だったことを思い出す。「・・・『あの曲が好きだよ』シュガー・レイ(マッキンジー)は言った。『ああ、おれも好きさ』 実り多き人生(=ラッシュ・ライフ。「酔いどれ人生」の意味もある)の思い出にひたるシュガー・レイを残し、わたしは夜に向かった・・・」 ―― Billy Strayhorn, “Lush Life” in “Lush Life Music of Billy Strayhorn”(CD) performed by Joe Henderson

Cool Burnin' With The Chet Baker Quintetマイ・ファニー・ヴァレンタイン【メンブラン10CDセット】物語の終盤近く。ボッシュは、目あての悪党が経営するバーに入る。「店内に足を踏み入れると、チェット・ベイカーの《クール・バーニン》がかかっており、王たちはなかなかの趣味の持ち主かもしれない、とわたしは思った」 《クール・バーニン》はCDタイトルである。そのあと、悪党らに顔を見せつけたボッシュが、バーを出るときには、《マイ・ファニー・ヴァレンタイン》が歌われている。 ―― Chet Baker, “Cool Burnin’ With The Chet Baker Quintet”(CD), “My Funny Valentine” in “My Funny Valentine”(Box set)

World Without Tears話は一転し、「天使と罪の街」で不審死を遂げたテリー・マッケイレブの船を調べるボッシュ・・・ 「オフィスに変えたその船室に、テリーがCDプレーヤーを置いているのに気づいた。ささやかな音楽コレクションの大半は、ブルースと70年代のロックだった。ルシンダ・ウィリアムスの比較的新しいCD《ワールド・ウイザウト・ティアーズ》をかけてみると、とても気に入ったので、つづく6時間、自動演奏にして、くりかえし聴いた」 ―― Lucinda Williams, “World Without Tears”(CD)

Mood Indigo 同作で使われる音楽はたった2曲と、シリーズの作品の中で極端に少ない方だ。残りの1曲は、既におなじみとなった曲が回想形式で語られる。「引退生活の退屈から、たまたまある事件で出会った往年のジャズマンに去年からレッスンを受けていた。ある夜、エレノアとわたしの関係がよかったときに、わたしはその楽器を取りだして、彼女に《ララバイ》という曲を演奏したことがある。彼女はその曲を気に入ってくれた」 ―― Frank Morgan, “Lullaby” in “Mood Indigo”(CD)

ボッシュ・シリーズと音楽 その11 につづく。

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投稿者: heartbeat

管理人の”Heartbeat”(=心拍という意味)です。私の心臓はときおり3連打したり、ちょっと休んだりする不整脈です。60代前半。夫婦ふたり暮らし。ストレスの多かった長年の会社勤めをやめ、自由業の身。今まで「趣味は読書」といい続けてきた延長線で、現在・未来の「同好の士」に向けたサイトづくりを思い立ちました。どうぞよろしくお願いします。