判決破棄 リンカーン弁護士 The Reversal

Photo by jjron - The courthouse of the Superior Court of Los Angeles County / GFDL 1.2
Photo by jjron – The courthouse of the Superior Court of Los Angeles County / GFDL 1.2

2010年2月、ミッキー・ハラーは地区検事長から、特別検察官としてある再審裁判に挑んでほしいと依頼される。12歳の少女を殺害して有罪となった男は、24年近く服役しながら再審を求め続けていたが、関係するDNA検査から男にとって決定的に有利な証拠が出たため、原判決が破棄・差し戻しとなった。そこで検事長は、権力争いと面子の問題から外部のハラーを招いたのである。

ハラーは、元妻である地区検事補マーガレット(マギー)・マクファースンと、ハリー・ボッシュをチームに加えることを条件に、きわめて勝算の乏しい依頼を引き受ける。「真鍮の評決」から2年数ヶ月が経ち、ハラーとボッシュは本格的にタッグを組んで、四半世紀まえの少女殺人事件の真相に迫っていく。

tow truck
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法廷では、訴追するハラーと男の側の弁護士によって、息詰まる闘いが展開される。ボッシュは、無罪を主張する男が犯人であることを確信し、所在不明だった被害者の姉を切り札の証人として確保するほか、新たな証人を見つけ出す。ハラーとボッシュ、二人のエピソードや活躍が交互に描かれるとともに、両者に割って入るマクファースンの奮闘もあり、まさに面白さ倍増といったところだ。

やがて、少女が連れ去られるところを目撃していた姉による証言の段階に至ると、ハラーと相手弁護士の攻防はいよいよ佳境に入る。法廷のなかで、互いに相手を出し抜き、打ちのめすために知略の限りを尽くすさまが劇的に描かれていく。一方、法廷の外では、ボッシュと監視チームが、保釈された男が深夜一人で公園を徘徊するなど、不審な行動を続けていることに気づいていた。男はいったい何をしているのか。

prosecutor_business-law-1238207ハラー側は再審評決で有罪を勝ちとれるのか、あるいは、相手弁護士の策略が功を奏して評決不一致に至り、男を野に放つことになってしまうのか。ラストでは、誰も予想しなかった顛末が待っている。コナリーが、そこをはずすわけがない。

ボッシュは、本作でついにほぼ60歳となった。壮年期のボッシュとは、一味も二味も違ってきたような印象を抱くのは誰しも同じであろうが、主人公といえどもリアルタイムに変化するところが、コナリー作品の信条であり特徴でもある。ボッシュが年齢や経験に伴う変化を見せたとしても、それは誰にも起こるという意味で、自然なことと理解したい。それでも、本作での活躍を見る限り、かれはまだまだ強健であり、現役として当分は活躍を続けてくることだろう。同慶の至りである。(「リアルタイムの大河小説」の項を参照)

一方、ハラーは、ボッシュより15歳若く、まだ45歳という働き盛り。コナリーに、リーガル・サスペンスへの関心さえあれば、益々楽しみな逸材である。本作で示されたように、ボッシュは、第一線刑事としての豊富な経験をもとに、ハラーをときにはリードしたり、サポートするといった役割にシフトすることも可能であろう。しかし、はたして、ボッシュ自身がそんな役割に甘んじる男かどうか、まことに自信が持てない。

なお、本作には、FBI捜査官レイチェル・ウォリングが仕事もないのに顔を出している。ここまで読み進んだ読者にとっては、馴染みの顔が見られる、それだけで面白い。落語の名人が高座に出てくると、まだ噺を始めるまえから面白くて、思わず笑ってしまうのと似たようなものか。

真鍮の評決 リンカーン弁護士 (上) (講談社文庫)真鍮の評決 リンカーン弁護士 (下) (講談社文庫)

 

 

 

 

 

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投稿者: heartbeat

管理人の"Heartbeat"(=心拍という意味)です。私の心臓はときおり3連打したり、ちょっと休んだりする不整脈です。60代半ば。夫婦ふたり暮らし。ストレスの多かった長年の会社勤めをやめ、自由業の身。今まで「趣味は読書」といい続けてきた延長線で、現在・未来の「同好の士」に向けたサイトづくりを思い立ちました。どうぞよろしくお願いします。